鹿島美術研究 年報第25号別冊(2008)
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■浮世絵の本質への関心―286―学んだのだった。版画のみならず、水彩画においても、浮世絵の色彩や構図が実験的に採り入れられ、作品が発表されていったのだった。1922年5月にニューヨークで開催された国際近代木版画展(“International Exhibitionof Modern Woodblock Prints”)に関する記事(1922年5月9日付クリスチャン・サイエンス・モニター)では、米国の近代木版画には、強く日本版画の影響が及んでいることが報じられている(注6)。それは、光や空気を表現するのに色が使用されるようになったことや、明確でシンプルな描線に、米国へ数多く運び込まれてきた浮世絵の感化があるとしている。確かに錦絵の色は多様で、摺りの工夫によって時として複雑な完成を遂げており、西洋の木版画には見られなかったものである。そこでは、具体的な浮世絵師の名前を挙げてはいないものの、風景画のことが述べられていることからも、想起させられるのは、北斎や広重であろう。この2人の浮世絵師への関心は非常に高く、〔表〕の記事の中で最も言及されている絵師である。北斎は代表作「冨嶽三十六景」や「諸国瀧廻り」、広重は「名所江戸百景」や「東海道五拾三次」がしばしば話題となっている。これは、自国の美術、特に風景画(版画や水彩画)への影響の大きさから、彼らの版画に高い関心が向けられ、眺められたのではないかと想定されるのである。また、浮世絵の制作法への関心は大変あったらしく、フランク・ロイド・ライトやフレデリック・グーキンらの浮世絵研究者、ボストン在住の美術商・松木文恭が、浮世絵制作に係わる講演を行うという新聞報道もそれぞれ確認できる。色の使用法や構図、版画の摺刷法といった方法への注目ばかりではなく、描かれる対象や内容へも関心ははらわれている。1918年12月27日付のシカゴ・デイリー・トリビューンの、シカゴ美術館のバッキンガムコレクション展についての展評は、「日本版画のユーモアと美」(“Humor and Beauty in Japanese Prints at Art Institute”)と題され、若い男の吐いた煙草の煙の中から美人が現れるという図柄をあげ、浮世絵のもつユーモアと完璧な線の美と魅力について高い評価を与えている。また、1909年4月11日付のニューヨーク・タイムズでは、開催中の日本版画展の浮世絵と、他の版画展の版画についてそれぞれ比較しながら報じており、清親の作品を写真で示している〔図1〕。記事では、春信の若い娘の絵や、春章の役者絵、広重の街道図、北斎の老人図らは、生き生きとした感覚で人間を描いており、日本の暮らしの幾千もの諸相、礼儀であったり、仕事であったり、娯楽を見ることができるとして

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