鹿島美術研究 年報第25号別冊(2008)
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―294―étrange」といった語とともに、「無意味non-sens」の語が書き込まれている〔図4〕。「無意味」の語を採用した可能性が高いのはニーチェの著作のどの部分からか。そこ「ショーペンハウアーとニーチェは、生の無意味[non-senso]が持つ深遠な価値を、「先史時代が我々に残した最も奇妙で、最も深遠な感覚の一つは予兆の感覚である。た字数の都合上、本稿で検討できるのは次の点に限られる。つまり、デ・キリコがで「無意味」の語はどのような意味を担わされているのか。1.デ・キリコの文章「我ら形而上派…」(1919年)に次のような箇所がある(以下、[]は稿者による補足)。またこの無意味がいかに芸術へと転化されうるか、それどころか全く新しく自由で深遠な芸術の内的骨格さえ成すべきかを初めて示した。(……)芸術における意味[senso]の排除は我々画家の発明ではない。その最初の発見はポーランド人[原文ママ]ニーチェに認めるのが正しいが、詩に初めて応用したのはフランス人ランボーであり、絵画への最初の応用はこの私めによる。(……)(……)キュビスムや未来派、彼らは画家の能力に応じて多少とも才気あるイメージを生み出すものの、意味[senso]を免れてはいない」(注4)。この文章は、デ・キリコが「技術への回帰」を唱える直前に公表されたもので、形而上絵画についての一つの理論的総括と位置づけることができる。デ・キリコはここで、形而上絵画の革新性はショーペンハウアーとニーチェが示した「無意味」の絵画化にあると主張している。また形而上絵画理論の基本的モチーフは、パリ時代(1911−15年)にフランス語で書かれた手稿で既に展開されており、「無意味」の語はそこにも見出される。それはいつまでも存在するだろう。まるで宇宙の無意味[non-sens]の永遠の証のように」(注5)。あるいは1914年の作品《運命の神殿》〔図3〕にも「歓びJoie」、「苦悩Souffrance」、「瞬間の永遠性éternité d’un moment」、「謎énigme」、「生vie」、「奇妙な事物choseイタリア語のnon-senso、フランス語のnon-sensは、英語ではnonsenseであり、いわ

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