金銅装笈の基礎的研究徳川美術館笈(注4)構造―高69.5cm、幅52.5cm、奥行29.8cm、木造の箱笈で、基本的な構造は〔図1〕に見られる様な通常の金銅装笈である。装飾形式は①金銅装式。木材の表面仕上げは黒―312―研 究 者:神奈川県立歴史博物館 学芸員 佐々木 登美子はじめに金銅装笈は、修験者が小型の仏像や仏具、経典類などを中に入れて持ち運ぶための道具である。脚付の木製の箱に、様々の図様を彫った金銅板を貼り付けて装飾とする。現在、金銅装笈の遺品は全国に数十基残り、これらはほぼ室町時代に制作されたものである。修験信仰、金属工芸の展開を知る上での貴重な資料であるが、その詳細な研究は少なく、調査報告や概説的なものが発表されているにすぎない。金銅装笈の注目される点は、金銅板の装飾にあるといえ、細部の詳細な分類と分析が不可欠であるが、従来の研究では細部の写真さえ掲載されないことが多かった。そして個々の笈の編年という大きな課題が従来の研究では未解決のままである。また、作品の報告例が少なく、所在すら確認されていない作品もある。また在銘作例が少ないことなどが、上記の作業を困難なものにしている。本研究ではこの様な状況を少しでも前進させることを目的とする。筆者はかつて、金銅板にあらわれた様々のモチーフを整理し、それが山岳を頂点とした一つの景観を表すものとの見解を示したが(注1)、個々の宗教的な図様表現の分析をさらに進めれば、室町時代の修験信仰の実態に迫ることになるだろう。また、様々な装飾文様には、鏡背文様をはじめ他の工芸と共通する点もあり、全体の構図は同時代の参詣曼荼羅と似通っている。この研究がさらに発展すれば、室町時代の装飾美術、空間意識などにも重要な視点を提示することができると考えられる。岡崎譲氏はかつて金銅装笈の金銅板の装飾方法から、①金銅装式、②透彫り式、③金銅板張り式の三種に分類した(注2)。拙稿(注3)では、この分類に則る形で論を進め、そのうち特に③金銅板張り式についてのみ述べたものである。本稿では、他の形式の作例も含め、まだ広く紹介されていない作例の概要を次に述べてゆく。なお、笈の各部名称については〔図1〕を参照していただきたい。個々の作例の概要漆と透漆を塗り分けており、黒漆塗りの部分は布張りする箇所もある。側面上部には
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