鹿島美術研究 年報第25号別冊(2008)
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―336―(中略)中央には貪・瞋・痴を形取るのだ。貪は鳩、瞋は蛇、痴は豚の形で〔表現せよ〕。そしてあの涅槃の円を指し示している仏の絵を描け」(注18)五趣輪廻図は、信徒のみならず異教徒にも因果応報の理を教え、生死の苦を悟らせるため、寺院の門に掲げることが律によって定められていた(注16)。五趣輪廻図については、ディヴィヤ・アヴァダーナにも記されている。ディヴィヤ・アヴァダーナは部派教団の説一切有部が伝持してきた根本説一切有部律を中心に、いくつかの説話を抜き出した物で、仏塔の造り方を具体的に記すなど、初期仏教や部派仏教の資料のみならず、広く大乗経典と比較しても極めて詳細で視覚的に具体的な記述が多い(注17)。ディヴィヤ・アヴァダーナ第21章には五趣輪廻図の描き方を釈尊が具体的に指示する箇所がある。「地獄、畜生、餓鬼、天、そして人間という五趣〔の輪〕を作らせよ。そのうち地獄、畜生、餓鬼は〔車輪の〕下に形取り、天と人間とは〔車輪の〕上に形取るのだ。中心にあらわされる三種の動物の種類や車輪の輻が5輻であるなど、ドヴァーラヴァティーの法輪とは細部で異なるし、アジャンター第17窟に残る最古の五趣輪廻図、また、修羅を加えた六道をあらわすチベット仏教圏のシーペーコルロとは確かにその表現に違いがある。しかし、テクストの教説に従って先に示した法輪図像の階層と比較した場合、車輪の下に人間以下のものたち、車輪上に天(ヒンドゥー教起源の神)、人間が、さらにその上に仏陀の姿、車輪中心には複数の動物イメージが形取られているなどの共通点があり、一概に無関係であるとはいえないのである。法輪により具体的な像が彫刻された背景には、仏教理解の絵解として法綸図像が機能していたことが考えられる。3 仏陀三尊像浮彫石板と図像形式法輪にとりつけられていたと考えられる三尊像浮彫石板〔図2、4〕は現在知る限り断片を含め28点ある〔表2 乗物上の三尊像一覧〕。三尊像はすべて仏陀像を中心にした三尊形式で、一部をのぞき必ず有翼の幻獣に乗るという構図をとる。ただし、それらは相互に共通する要素をもちながらも、いくつかの図像形式によってなっている。脇侍の図様を比較すると、以下のように分類することができるだろう。① 脇侍が左右対称の三尊形式主尊は立像と坐像の2種ある。脇侍が、払子または払子と蓮華を持し左右対称の場合、主尊は立像であり〔表2−15〕、また2例のみではあるが、脇侍が跪き両手を胸前

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