鹿島美術研究 年報第25号別冊(2008)
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―381―を偲ぶことができるばかりである。戦時の政策でやむを得ないこととはいえ、版木さえ遺していればとの後悔がある。現在、村は農業と刺繍を生業としている。3.技法・素材:外来性と土着性の混交技法や素材も産地間で異なり、各々の特色を呈している。ドンホーの場合は、顔料・紙・道具に至るまで土地に取材する。例えば色材は、貝(白)、岩(赤)、花(黄)、葉(緑)、炭(黒)から自製し、紙はゾーという樹の皮から作られた梳き紙を用いるが、これは製紙を専門とする近隣のドンカオ村から調達する。保存性を高め、輝きとコシを与えるため、表面に貝の粉を米糊で溶いたものを刷毛で塗る。版木は柿の木、刷毛は松葉、インクパッドは蔦植物をバナナの葉で覆ったもの、バレンにはヘチマを使う。印刷方法が独自で、印章と木版印刷との折衷式である。まず把手を打ちつけた版木をスタンプ状にして特大インクパッドからインクを移し、下に置いた紙に上から版面を押し当てる。その後、版面を紙ごと天に向け、最後にヘチマのバレンで柔らかく擦りとる〔図1〕。この技法は、やや厚みと凹凸あるゾー紙の特質とも、小振りの版型とも合致する。印刷の順序は色版を先に墨線版を最後に捺すが、これは濃厚な色材で墨線が曇ることを防ぐためと考えられ、素材に適う。また彫版時に鑿を多用する点も、刀を主とする中国の技法とは様相を異にし、おそらく伝統的な木彫技術が流れ込んだものと考えられる。印刷の古形である印章や捺染の手法と木版印刷の中間に位置する点が注目され、また鑿による柔らかな線質[Phan Cam Thuong他: 64]や斑に重ねた色合に特有の美的価値を見いだす点も興味深い。ハンチョンの場合、顔料、墨など素材は曾て中国から入手することが多く、現在も紙(画仙紙を貼り重ねる)や色材(ポスターカラー等)、筆(洋筆を含む)など素材・道具には外来品を多く使う。居室に配する掛軸画を主とするため、大きな版木を用い、ために版木を下に置き上から紙を被せて刷るという中国同様の方式を採用する。墨線版の印刷後に手彩色するが、色数が極めて多く、仕上がりは密陀絵の如く濃厚である。また垂直に立てた板に貼りつけて彩色すること、暈しの手法など確かに中国の楊柳青年画のそれに近似するところがある。墨線は幾分影が薄く、肉筆画にかなり近い。また完成後は適宜装幀を施して掛軸に仕立てる。版木の彫刻は専門職人に別注することもあったという。キムホアンの場合、印刷工程は上記二者の折衷樣式をなし、先ず墨線版を刷った後に手彩色を施し、最後に再び墨線版を刷り重ねた。版の彫刻は専門職人に依頼し、紙

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