―382―「八仙」等の物語類も多い。しかし「金雲翹」の如く元は中国起源でも国内で改編さや顔料はハノイの市場で購入したという。「正月らしい」紅紙の使用を特徴とし、ドンホーより造型が細やかで美しかったとはチャン・アット翁の言である。実際、僅かに残る現存例から、他二種とは異なる独自の風格と繊細な造形が確認できる。4.図像の比較考察:題材・カタチ・意味の吸収と変質ベトナム民衆版画の題材は、豊かさの象徴であるブタや鶏をはじめ、吉祥願望を表す動植物や童子、神仙仏などの宗教、農村風景、風俗、諷刺・滑稽、歴史人物、小説故事、教育、時事と幅広く(注7)、うち歴史英雄や風俗時事、母道信仰題材等を除き、大半には大なり小なり中国との交渉の痕が認められる。画題選択や配置の規範も大枠で共通し、画題が中国由来のものには神仙・花鳥図のほか、「三国志」「西遊記」れた例もあり、また喩え画題が独自でも配置の準則が類似するものなどあって、その関係性は決して単線的ではない。以下ではいくつかの図像例を拾い上げて検討する。例えば人気の高いブタの画は、図像モチーフは共通するが土着の嗜好が色濃く表れた例である〔図2〕。ブタは中国でも豊かさを象徴するが、単独で大きく描く例はあまりなく、一説に広東省佛山に由来するという原図も確認できない[田所1997:72]。図の普及性に鑑みれば、むしろ家の財産としてブタを日常的に飼ったという実生活の反映が大きい。同様のことは鶏の画についても言える。中国では鶏は主として辟邪の機能を担うが、ベトナムでは雄鶏と雌鶏を明確に区別し、後者を中心に豊かさの意味がより強く意識される〔図3〕。雌雄の明確な区別はブタの画にも共通するが、これらはいずれも図像が生活へ引きつけて受容されていることの証である。また図像的には中国由来の原図を元にしながら異なる意味が与えられる場合もある。湖南省灘頭の例からの直接的影響を示す「老鼠取親」〔図4〕は、賄賂を取る官僚(猫)に対する諷刺とみるベトナムと、鼠の厄介払いを猫への嫁入りと見立てる中国で意味が異なる。また20世紀前半にはネズミの尻尾を中国人の弁髪とみる諷刺的解釈もあったという[Durand: 10]。つまり図像の意味は常に多層的・可変的でありうることを示している。同様に天津楊柳青年画の「缸魚」に近似することで知られる「鯉魚望月」〔図5・6〕は、登竜門の故事に因んで科挙合格や立身出世を象徴する中国の例に対し、ベトナムでは「豊かさ」(ギエン氏談)をその主な意味とする。ここでも供物・生産物として重要な位置を占めるという、実生活上での象徴的な意味が表出している。中国由来の図像が風俗に適合しカタチが土着化した例もある。竃神図〔図7・8〕
元のページ ../index.html#392