鹿島美術研究 年報第25号別冊(2008)
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C伊藤若冲筆歌仙図について―406―研 究 者:早稲田大学大学院 文学研究科 博士後期課程  新 江 京 子一、はじめに伊藤若冲(1716〜1800)の晩年期には数多くの水墨略画が制作された。八十三歳の年齢書があるデンバー美術館所蔵「三十六歌仙図押絵貼屏風」〔図1〕(以下、デンバー本)もそのうちの一つである。歌と歌仙図を並べて配するような通常の作例とは異なり、若冲は歌仙が思い思いに遊び回る戯画のような三十六歌仙を描いている。本図については辻惟雄氏による詳細な紹介(注1)がなされている。ただし、若冲の道釈以外の人物画は希少なためか、若冲研究においてはやや例外的な作品とみなされ、内容に関しての論も少なかった。しかし近年、デンバー本と近しい図様をもつ三十六歌仙図屏風〔図2〕やそれらに先立つ六歌仙図の掛福〔図3〕などの存在が知られるようになった。デンバー本は必ずしも単発的な作品ではなく、歌仙図が若冲を考える上で意義ある画題となる可能性を考えたい。本稿ではまず若冲筆歌仙図3点の概要を記し、次に制作のもととなった事物や先行作品を検討する。最後にモチーフに込められた意図などを読み解くことを試みる。これら歌仙図を若冲作品群のなかに位置づけし直すことによって、若冲の作画姿勢の一側面を知る足がかりとなるのではないだろうか。二、若冲筆歌仙図の概要・愛知県美術館蔵「六歌仙図」掛幅一幅 紙本墨画若冲作品によく使われる、画仙紙を用いた水墨の掛幅である。まず画面の上部には大きな擂鉢を前に、水桶を後ろにした僧形の人物がいる。諸肌脱ぎで口をへの字に曲げ、渾身の力をこめて擂粉木を動かしている。田楽に付ける味噌を擂っているのであろうか。その左下には後姿の女性。何やら四角い菓子のようなものを箱から取り上げたところのようだ。女性の前には冠に黒い直衣姿、顎鬚を生やした人物が座す。先の割れた串に刺した田楽を炉に並べ、眼を細めながら団扇で扇いでいる。さらに左下では冠に@、白い衣の人物がこちらに背を向けて、焼きあがった田楽を盆から取り上げている。画面の一番手前には酒瓶を挟んで二人の人物がいる。酒がなくなってしまったのか、烏帽子姿の歌仙が酒瓶に耳を押し当てて音を確かめ、襟立衣の僧侶が酒瓶の口を覗き込んでいる。背景はほとんどないが、わずかに土坡と菊らしきものが描かれているところを見ると、野外での酒宴の様子であろうか。

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