二つの琴棋書画―408―〔図7、8、9〕。もちろんこのような図柄は祐信以外の作品にも存在する可能性があ若冲歌仙図のモチーフ細部をみると、戯画、略画の類でありながら人物の装束がある程度詳細に書き込まれている点に気がつく。冠やと烏帽子、裙帯領布、裳など装束の知識を若冲はどのように学んだのであろうか。晩年の若冲が絵巻や扁額などを模写できるほど親しく目にしていたとは考えにくく、手軽に閲覧できる版本類を参照していた可能性が高いと思われる。例えば橘守国筆『画本鶯宿梅』第一巻には装束を含め、歌仙などの平安人物を描く上で必要となる知識が事細かに指南されている。このような、絵を描くための教科書的役割を持つ絵手本類の他に、西川祐信などによる風俗図絵も参考資料としては有益であったであろう。若冲の三十六歌仙図に描かれた女性の姿勢〔図4、5、6〕は、祐信筆『絵本常盤草』の冒頭見開き四図のうちに見出せるり、すべてを祐信などとの関連で考えるわけにはいかないであろう。しかし、若冲がこのような平安人物を描くに当たって、このような風俗図絵を参考にしたということはありそうなことである。特に注目したいのが、口で筆をくわえて「万歳」の文字を書く人物〔図10〕である。(清話会本左隻第四扇、デンバー本左隻第二扇。以下、「清左4、デ左2」の形式で表記)この図は西川祐信筆『絵本玉かづら』中の墨を口に含んで壁に「忍恋」の二文字を吹き付ける遊女の図〔図11〕が元となったと思われる。やや前傾姿勢をとって斜め上を見上げて文字を書く動作が近似する。さらに姿勢は異なるが、祐信画では傍らに杯を差し出す禿がいるのに対し、若冲は硯を差し出す僧侶を描いている。ちなみに祐信筆『絵本福禄寿』には「万歳」の書をしたためる老人の図もある〔図12〕。さらに笠を被った二輪車の玩具(清右2、デ右5)も『絵本玉かづら』に見出せる。遊女が玩具に扇子で風を送って走らせる図で〔図13〕、デンバー本では省略されているが、清話会本には横に団扇が描き添えられており、祐信のものと同じ用途の玩具であろうと考えられる。四、かたちによる遊びと見立てデンバー本の右隻第一扇目の琴にまたがる人物・二扇、三扇の碁盤と碁石・左隻の二扇目で筆をくわえて文字を書く人物・一扇目で梅の絵を書く人物と、辻惟雄氏はここに「琴棋書画」が揃っていることを指摘している。これを表の「琴棋書画」とするなら、デンバー本(及び清話会本)にはさらにもう一組、裏の「琴棋書画」とでも言うべき見立てがあることを指摘したい(清右3・4、デ左3・4)〔図14〕。
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