―434―帳に記述が記されていない(注14)。五、フィラデルフィア万国博覧会購入蒔絵の意義ウォルターズがフィラデルフィア万国博覧会において箕田長次郎から購入したもう一件の香箪笥、「花鳥蒔絵香箪笥」〔図2〕は類似する蒔絵表現をとる作品が国内外に多く伝えられていることにより注目される。こちらは金地に四季の草花に雁を高蒔絵で表す。花の表現に白蝶貝、珊瑚、型押しの技法を用いた金属片の象嵌などの手法が用いられ、色彩豊かな作品に仕上げられている。そして扉の裏側は金の梨子地に仕上げられ、要所には置平目の技法が用いられる。この器物に近い表現を持つ作品は十八世紀にヨーロッパにもたらされていたことが明らかなマリー・アントワネットコレクション(ヴェルサイユ宮殿、ギメ美術館)をはじめ、英国バーリーハウス、中華民国国立故宮博物院、ルーヴル美術館ティエールコレクション、旧ディーンコレクション、徳川家伝来など、国内外に同一技法を用いた複数の類品がみられる(注15)。ウォルターズ美術館の作品をはじめ、江戸時代から明治にかけて形成された各地のコレクションのなかに、共通する特色を示す作品が存在する例はこの他にも散見される。こうした蒔絵小品の分布状況は、江戸期に制作された蒔絵が江戸期ばかりではなく、明治期に入ってからも欧米で好まれたことを示している。これは前述のようにロココリヴァイバルという室内装飾様式の流行のなかで、日本の蒔絵が十八世紀同様求められていたことに起因するが、それを背景に生まれた十九世紀の日本美術愛好熱のなかでより広がりを見せたことが推測される。こうした古漆器が欧米の博覧会で売れる商品であるという事実は当時日本でも認識されおり、明治三十年に刊行された『澳国博覧会参同紀要』に掲載される松尾儀助の寄稿文によれば、ウィーン万国博覧会以降、万国博覧会には新古の蒔絵が出品され、特にフィラデルフィア博覧会では古い蒔絵硯箱等を争って買う人がおり、万国博覧会において、江戸時代の蒔絵が盛んに取引されたと記される(注16)。今回の調査でボストン美術館を訪れ、ウィリアム・スタージス・ビゲロー(1850−1926)、チャールズ・ゴダード・ウェルド(1857−1911)など、十九世紀後半の日本美術愛好家たちからの寄贈品の調査の機会を得た。作品のなかには万国博覧会で購入したことの明らかな作品は見いだせなかった。しかしコレクターの履歴を考えると、日本を訪れて購入した作品であることが推測される。このように欧米で明治後半期に形成された蒔絵コレクションの中には、質のよい江戸期の作品と、それを模して作られ
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