鹿島美術研究 年報第25号別冊(2008)
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―480―Eメールが来て、メトロポリタンの所蔵となることの公表が許されるという劇的なタ298頁(『ビーブル・モラリゼの成立』)ティン美術』(岩波書店)の翻訳者でもある。本書は現在入手し得るビザンティン美術の概説書の中で、もっともバランスがとれた、優れた書物である。20世紀の半ば過ぎまで優勢であった様式的アプローチに代わって、社会学的方法が生かされている。美術作品は、何のために制作され、当時の人々にどのように眺められたのか、という視点は、昨今流行の「ニュー・アート・ヒストリー」とも共通のものであるが、ラウデンの記述は、これまで積み重ねられた写本の緻密な分析に裏打ちされている。2000年代に入って、ラウデンは写本研究の新境地を開拓した。「ビーブル・モラリゼ」と呼ばれる写本は、聖書挿絵と、その民衆用註解の挿絵を並べて配するゴシックのジャンルであるが、いきなり、ラウデンはこのジャンルに関する集大成的な業績を発表した。このジャンルに属する主要な写本をカタログ化し、挿絵の分類を行い、今後の研究の可能性を示唆する。これまでビザンティン写本の篤実な研究者と考えられていたラウデンは、この著作によってゴシック写本の第一人者ともなる。基礎固めをしたのちのラウデンは、堰を切ったように論文を集中的に発表する。その業績は、列挙するだけで与えたられたスペースを超えてしまう類のものである。彼のホームページに構築されている(「ビーブル・モラリゼ文献一覧」http://www.courtauld.ac.uk/people/lowden_john/bibliography.shtml)の2000年以降の文献に占める、本人の業績の多さを参照されたい。日本における講演は2本行われた。第一は「おおやけにされたことば、可視化されたことば―初期キリスト教写本装丁板に見られる図像について」で、『早稲田大学地中海研究所紀要』第6号(2008年3月)に掲載予定である。これは現存するすべての初期聖書写本の装丁板を網羅して考察したもので、写本の内容(テキスト、挿絵)だけでなく、写本の外側もまた重要な情報を担ったことを明らかにした。複雑なビザンティンの典礼体系の中で、写本はどのように掲げられ、聖堂内の民衆にどのように眺められたのかを具体的に復元する意欲的な試みであった。もう1本は「新発見のビザンティン・レクショナリー(典礼用福音書抄本)」を世界で初めて公開する内容で、1100年頃にビザンティン帝国の首都コンスタンティノポリスの、聖ソフィア大聖堂のために制作されたとされる写本の内容が詳細に紹介され、分析された。この講演の直前にニューヨークのメトロポリタン美術館からラウデンにThe making of the Bibles moralisees.(ペンシルヴァニア)2000年,2巻本、360頁、

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