―56―いる。つまり、呂紀「四季花鳥図」における山水表現は孫君沢などのような元代馬夏派を継承し、しかもそれをいっそう定型化したものであると考えられる。呂紀のいわゆる唐宋絵画の学習も、一部については孫君沢のような元代馬夏派によって整理された南宋山水画を学んだ成果として理解できよう。さらに、「冬幅」におけるS字形の水の流れの表現と類似した表現が、呂紀「春渓双鶴図」以外にも、明代初期の作例である、伝商喜の「朱瞻基行楽図」(北京・故宮博物院)〔図10〕の左側の部分と法海寺の壁画〔図11〕にも見られる。「朱瞻基行楽図」は宣宗皇帝(在位1425−1435)が宦官を率いて場面を描く作品である(注10)。人物画でありながら、さまざまな山水と花鳥表現も含まれている点が特筆される。正統8年(1443)に宮廷画家によって制作された法海寺の壁画は(注11)、「朱瞻基行楽図」とともに遺品の少ない15世紀明代宮廷の大画面絵画制作を理解するのに重要なてがかりである。図様だけでなく、その明確な輪郭線、色彩豊かで対比的な視覚効果を追求する点を併せて考えれば、「冬幅」の表現は、「春渓双鶴図」よりもこのような明代宮廷絵画に近いといえよう。これによって、呂紀「四季花鳥図」における山水表現は、多元的な要素をもっていることがうかがえる。以上、四幅それぞれの山水表現を検討してみた。さらに、本作品が右から左へ春夏秋冬と各季節が並ぶ四連幅である点に注意して四幅全体の構成を分析してみたい。四幅を右から左へ、春、夏、秋、冬の順で並べてみると、「夏幅」と「秋幅」それぞれの前景は繋がっているようにみえ、さらに、四幅全体の水景も連続しているようにみえる。四幅をつないで夏幅と秋幅の境目の花木を軸としてみれば、全体の水の流れの動勢は、「春、夏幅」と「秋、冬幅」で左右対称となっている。「春幅」、「夏幅」においては、両幅にある水の流れは繋がっているようみえ、また鴨と鴛鴦が左上から右下へ泳いでおり、水の流れる方向を暗示する。「秋幅」、「冬幅」は水の流れる方向が「春幅」、「夏幅」とは逆であり、「秋幅」における右上から左下への川の流れは、同じ方向から流れてきた「冬幅」の滝水と合流する。「秋幅」の水際に留まっている赤筑紫鴨は、こうした水の流れる方向を暗示するように左を向いている。つまり、四幅全体の水の動勢は両側の「春幅」「冬幅」の滝水に挟まれ、「ハ」の形となっている。このように、本作品は全体のバランスを考えた上で、水の動勢を利用して四幅を統合させる構成計画を有するものと考えられる。こうした特徴は、本来連幅で制作されたが、現在は単幅の状態になっている数多くの明代花鳥画の復元を考える際に、重要な手掛りとなるはずである。
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