鹿島美術研究 年報第25号別冊(2008)
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―79―くりだされる関係性はむしろ対照的ですらある。白髪一雄のほぼ裸体での泥との格闘、村上三郎の体当たりの紙破りといったパフォーマンスでは、作品の物質性が身体運動の印を受け取る。他方、田中の作品においては、作品の物質性は身体に作用を及ぼすものである。新素材を積極的に適用してきた具体の作家の中でも、田中は特に「新しい」ものへの関心が強かった。他の作家が、芸術領域にとって新しく、異質であった泥や紙を利用していたのに対し、レーヨン(人絹)といった新素材や電気仕掛けのベルなど、芸術だけではなく時代の新しさを象徴する素材や方法を導入し、それが生み出すある種の新奇なインパクトを作品の重要な効果にしていた。たとえば、田中は大きなピンクの人絹を地面に張った《作品》について、人工的な色や素材感が人に不快感を与えることを目的にしていることを述べている(注20)。つまり、白髪の泥や村上の紙が、絵具やキャンバスにかわって作者の動作をより直接的に受け取る「原料」であったのに対し、既に人工物である田中の素材は、それ自体が人体に働きかけるのであり、造形物としての作品における「作者」の身体の重要性は低い。田中の作品における素材と身体の関係の特異性は、彼女のテクノロジーへの関心に強く表れている。1955年に制作された《作品(ベル)》は、20個のベルを繋げ、スイッチを入れると次々と鳴っていくという作品で、あらかじめ設定された仕掛けが作動し観客の感覚にうったえるというものである。この頃の一般的具体作品に積極的に表わされた「動き」とは主に、作品に跡づけられる作家の動作であったのに対し、この田中の作品では作者の作品に対する行為は表面化しない。田中の作品では、新しい時代を象徴する素材や物質性が逆に身体にもたらす未見の作用を視覚化することに力点がおかれている。事実彼女は、医療や技術の発展にともなう時代に「共存できる芸術」を創作することを常に目標としてきたという(注21)。《作品(ベル)》の翌年制作される《電気服》は、新しい素材との関係の最もラディカルな表現となったといえるだろう。しかしこの後、田中の作品は一連の機械仕掛けの作品から、絵画へ移行していく。田中の作品に特異な素材と身体の関係性が「描く」という別の行為に移されるとき、そこにはどのような意味が生じるのだろうか。素描から絵画へ田中がはじめて「絵」だと意識したイメージは、入院中に手掛けた退院までの日付の数字のまわりをクレパスで塗り囲んだ図だったという(注22)。この経験は後に、実際の暦をもとにした《カレンダー》というコラージュ作品となる。そこでは数字が規則的に並ぶ暦が分割され再構成されることを通じて、記号化された図表から、異な

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