―87―絵画と音楽との比較の提起−『抽象美術の問題』1910年に書かれた『抽象美術の問題』は、音楽との比較から抽象美術の可能性が論じられた最も初期の理論的著述である。この『抽象美術の問題』の序文は、モーリス・ドニの有名な定義に似た言葉で始まる。「…絵画は色斑を平面に併置するものであって、色彩を美的に選び、美しく配置することによって、その効果を発揮することの他に、絵画の本質的なことがあるだろうか」(注1)。そして、対象の再現を行わない、色彩のみによって描かれた絵画を提唱し、音楽の純粋な表現と結びつけようとする。「私はそのような絵画を、物から抽象されているが故に、抽象絵画と呼ぶ。または純粋絵画、あるいは自然絵画という名称でも良いと思う。…音楽は、ポエジーが混入されていなければ、純粋芸術である」(注2)。このようにシュヴィッタースは従来の写実技法を見直し、描写内容と表現効果の一致を求めて、純粋芸術と見なされる音楽とのアナロジーにおいて、純粋絵画の可能性を探っていた。彼はこの序文に続いて音楽を構成する要素を列挙し、それに対して絵画では何が対応するかを考察している。一方で、シュヴィッタースは二つのジャンルの本質的相違にも注意している。音楽には遠近法、形式、そして直接表現されうる思想内容は存在しないという。しかし、これらは「抽象絵画にはさっぱり欠けている要素」であり、それゆえに「抽象絵画は眼のための音楽である」(注3)と結論し、楽理によって抽象絵画の理論的基礎固めを試みるのである。また、初期の油彩作品には「優しいシンフォニー」〔図1〕と題された抽象画があり、実践的な取り組みの成果を示している。絵画におけるリズム『抽象美術の問題』には、音楽のリズムと絵画のリズムについて、次のように書かれている。「音楽のリズムに対しては、何と比較できるだろうか。リズムとはシンメトリーである。しかし、絵画では音楽のリズムのように、数多くのシンメトリーを用いることはない。シンメトリーは、自然の中では像の鏡面反射に出現する」(注4)。この中で彼は、同形の音型間で生じるリズミックな連関を、絵画モティーフの反転反復現象にも適用してリズムと言っている。そして、リズムを形式の反復として単純に考えることから進んで、ベルリンの都市計画を提案した1922年のエッセイでは、景観を損ねる一画を壊し、美しい家屋と醜悪な家屋とを「上位にある一つのリズムの中へin einen übergeordneten Rhythmus」(注5)組み入れるべきだとして、リズムを重要視している。
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