鹿島美術研究 年報第25号別冊(2008)
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―88―さらに、最晩年に書かれた1940−46年の『抽象美術』では、次のように作品の完成時を決定するリズムの重要性を説くまでになった。「…何よりも構図を決定するのはリズムなのだ。絵は、もうこれ以上何かを取り去ったり、付け加えたりすると、そのとき生じているリズムを乱してしまう、というふうになって初めて仕上がったといえる」(注6)。メルツの技法とリズム1910年に書かれた抽象芸術についての各著述の中で、音楽と絵画を比較した上での結論は、作品は独自の統一感をもち、その中で調和を求めなければならない、ということであった。「(音楽的:嶋田)コントラストはより高次の統一感をもって止揚されなければならない。葛藤は解消されなければならない。…不協和音は解消されなければならない」(注7)。そして絵画については、次のような理想を述べている。「画面の構成は調和的でなければならない。構成が調和的であれば、絵画はきわめてデリケートな細部の展開を見せてもっとも美しくなる」(注8)。シュヴィッタースは、こうした絵画が目指すべき理想を音楽的な調和状態に置いて、これを実現するための新たな絵画技法の提案をいくつか行っている。「構図を考える場合には、一つの明るい色斑を置けば、それよりも明るいかより暗い色斑、またはそれよりも小型か大型の色斑を取り合わせるか、あるいは数の上でより多くして、比例関係が生じるようにしなければならない」(注9)。「補色関係にある二つの色彩は、両者に近い第3の色を加えてハーモニーを得ること。一例として、緑と赤に紫か橙を付加してみること」(注10)。その後、シュヴィッタースはメルツ絵画に取り組むようになった1920年に、「私にとっては、調整を(アカデミーで:嶋田)学ぶことが本質的なことであった。そして、画面の構成要素を互いに同調させることが芸術の目的であると、次第に気付いていった」(注11)と書いており、1910年の色彩の技法論がメルツにおいて発展させられていることがわかる。そして、絵具とは異なる異種素材を画面に貼付するメルツの方法論は、用いる素材をまず「評価するwerten」こと、とシュヴィッタースは言う。この言葉は色彩の明度(Werte der Couleur)を比較することから転用されたと考えられる(注12)。つまりメルツは、絵具ではない素材についても、表面の色を取捨選択することから出発したわけである。

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