―89―1931年のエッセイ『私と私の目的』では、「芸術作品の中では、どのような手段や材料でも、それ自体の価値評価が可能であり、均衡を保つことができる」(注13)と書き、またメルツ舞台の構想を述べた1920年の著述では、「言葉と言葉とを突き合わせてWort gegen Wort評価するように、要素と要素とを突き合わせてFaktor gegenFaktor評価する」(注14)と書いており、互いに異なる素材を対照させて吟味する方法を挙げている。したがって、1910年の絵画的な調和とバランスを取る方法が、メルツにおいて画材ではない物を絵画の素材として扱うために、その形質を吟味し判断するという方法へと発展させられていることがわかる。また、物どうしを「突き合わせるgegen」とあるように、均衡を保つために他の材料との比較が重要なのであり、当然ながら、その次の手順である、画面への配置まで考量することも評価の過程に含めるのであろう。小型コラージュ作品(メルツ素描)の制作過程では、シュヴィッタースは糊を塗った台紙の上にさまざまな素材を載せ、糊が乾くまでに幾度も材料を滑らせて配置を試行していたという(注15)。そして、配置を決定する要素がリズムである。シュヴィッタースは、先に引用した31年の文章の直後に、「しかし、重要なことは手段でも材料でもない。評価することによって、リズムを持って生み出される芸術こそが大切なのだ」(注16)と強調している。このリズムについては、1926年にも詳しく言及されていて、「絵画において重要なのはリズムである。それは線なり、面なり、白黒なり、そして色彩におけるリズムである。畢竟、芸術作品の各部分、つまり素材の持つリズムである。何よりも抽象の作品において、このリズムがもっとも明瞭にあらわれる」(注17)として、画面を構成する諸要素にそれぞれのリズムを見出し、それを組み合わせることで抽象絵画としての表出があると言う。タイポグラフィーも試みていたシュヴィッタースは、1927年に文字の大小の組み合わせによる読み取りの難易についての短文を書いており、その中で視覚でとらえるリズムの重要性に触れている。「…リズムは異なる物同士の評価によって生まれるのであり、同じ物ではだめだ」(注18)。このエッセイでは、シンメトリーのような相似の形式の反復にリズムが生じるという初期の考え方から進んで、互いに異なり、変化に富んだ形式が集まる中にリズム発生の契機を見出している。このことは活字の大きさの問題だけでなく、メルツ作品に貼付された異質な素材どうしの関係にも当てはまる〔図2〕。
元のページ ../index.html#99