鹿島美術研究 年報第27号別冊(2010)
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2−1 肖像画2−1−1 様式上の特徴2−1−2 受容者層― 115 ―ており、年代から見ても真作と呼べるものは、〔表1〕(肖像画)・〔表2〕(歴史画)としてまとめている。なお、モノグラムを持たず、様式からヘルドルプへの帰属が妥当とみなされるものは、〔表3〕に挙げている(注9)。現在把握している作品は、肖像画と歴史画の2つのジャンルに分類される。以下では、それぞれについて、その様式および受容の範囲について考察を試みる。前述の64点のうち、8割強に当たる55点は肖像画である。現時点までに調査できた中で、先述の特徴を備えた最も早い年記を持つ作品は、フェイによっても基準作のひとつに挙げられている1590年の《ジャン・フォルメノワの肖像》〔図1〕である(注10)。ここに見られる、薄く均一な絵の具の層、細心の注意を払って消された筆の跡、肌の陰影の繊細な階調は、ファン・マンデルが「美しく、流暢な手法」(schoon vloeyende manier)と評するものに一致し、ヘルドルプ作品を特徴づける要素と呼ぶことができる。これまで見ることのできた1590年代以降の作品の共通項として、さらに指摘できるのは以下の点である。まず、顔や手には柔らかなスフマート技法が用いられ、強いコントラストは見られず、しわや凹凸が線によって克明に再現されることもない。特に手には、関節や腱の目立たない甲と先細りの指を特徴とする、個性の感じられない表現が繰り返される。これに対し、ひだ襟の薄布の輪郭やレースは細い線で丹念に描き込まれ、頭髪や髭も細い線によって一本一本描かれる傾向が強い〔図2〕。ただし、ヘルドルプの場合、これらの細部描写は、二人の師をはじめマニエリスム期のネーデルラント肖像画家の作品に見られる記述的な克明さに向かうのではなく、全体が滑らかな明暗の階調によってまとめられることで、柔らかい空気感の中に統一されている。同時代の地元の画家たちの作品との比較から、ケルンにおいてヘルドルプの様式が目新しいものとして人気を博したことは指摘される通りである。次節では、実際にその受容の範囲がどのようなものだったかについて考察を試みる。現時点で把握している像主の判明している肖像画を分類すると、以下の3つに大別することができる。

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