1、先行研究の整理と問題点この独角獣の名称・性格を巡っては、概ね次の四説に分けられる。― 134 ―⑬中国南陽の漢代画像石にみる独角獣について―『山海経』にみる異獣「■」のゆくえ―研 究 者:慶應義塾大学 非常勤講師 松 浦 史 子緒言中国河南省の南西部に位置する、南陽一帯から発掘された漢代の画像石には、牛に似た独角獣(一角獣)の図像が数多く表されている。例えば、南陽市荊営一号漢画像石墓の前室門楣に浮彫される独角獣は翼があり、牛に似た頭を下げ、鋭い独角を武器とし、肩を怒らせ、牛に似た尾を挙げ、四肢を力強く地に張る戦闘の姿勢で表される〔図1〕。このような独角獣の名称・性格を巡っては諸説あり、未だ一致を見ていない。そこで本論では、南陽の独角獣にかんする先行研究を整理しつつ、その名称・性格の再検討を行いたい。①独角獣説南陽の漢代画像石墓に関する先駆的研究を行った長廣敏雄氏は、頭を下げ角を武器とするこの「独角獣」の表象が南陽独自のものであると言い、その芸術性の高さを強調する。なおその具体的な名称や性格については示されておらず、「独角獣」とのみ呼称される(注1)。②独角系・鎮墓獣説(西方起源)吉村苣子氏は鎮墓獣研究の一環として、「鹿系」の鎮墓獣のほかに、西方起源の「独角系」の鎮墓獣の系譜を指摘し、南陽の漢代画像石墓に多く表される牛型の独角獣もこの系譜に連なるものとして位置づける(注2)。氏の説に拠ればこの独角系鎮墓獣は、前漢末より顕著になる西王母信仰の下に成立したものであり、その主な役割は被葬者の霊魂を西王母の仙境へ先導することにあるという。ただしここで注意すべきは、南陽の西王母を描く漢代画像石に於いて、この牛型の独角獣の姿が見られない点である。③獬豸説牛天偉氏は南陽の漢代画像石にみる独角獣を、有罪者を見分ける能力をもつという南方楚の独角獣「獬豸」に比定する(注3)。氏は南陽の独角獣が「墓門」に多く描かれる点を手がかりに、その角に因って有罪者を見分ける法獣「獬豸」が、墓室への
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