鹿島美術研究 年報第27号別冊(2010)
149/597

5、『山海経』の独角獣「■」のゆくえ5−1、「獬豸」と「■」の混交化 ― 王充『論衡』の記述六朝末に到って獬豸と類似の性格をもつに到った瑞獣・■の萌芽的な姿は、いま王0000。(注20)― 139 ―触れさせようとすると有罪であれば触れるが、無罪ならば触れない。これは思うに、天が一角の聖獣を降して、裁判を助けて証拠としようとするもの。ゆえに■陶は羊を敬い、跪き仕えた。これは不思議な瑞応の類である。有罪者を見分ける「獬豸(■■)」の能力は、それが天の降す「一角の聖獣」であるためと解される。ここには「一角の獬豸=天意を反映する瑞獣」の意識が示されるだろう(注19)。また『隋書』巻十二「禮儀」「獬豸冠」の引く『董巴志』に「獬豸、神羊也。蔡■云、如麟、一角。」とあるのは、一角の獬豸が、一角の麒麟のイメージを以て解されていたことを物語る。では「■」はどうだろうか。充『論衡』「是応」に遡ってみることができる。   倉■者、水中之獣也、善覆人船、因神以化、欲令急渡、不急渡、倉■害汝。則復■■之類也。河中有此異物、時出浮揚、一身九頭、人畏悪之、未必覆人之舟也。尚父縁河有此異物、因以威衆。夫■■之触罪人、猶倉■之覆舟也。   倉■とは水中に住む獣、よく人の乗る舟を転覆させる。神の力によって変身し、急いで渡らせようとするが、急いで渡らなければ、倉■は水害を与える。とすれば「倉■」もまた「■■(獬豸)」の類である。黄河にはこうした異物がおり、時に水面に浮びあがる。一身に九頭なので人々は畏れ悪むが、まだ人の乗船を転覆させるとは限らない。呂尚は黄河にこの異物がいるのでこれを借りて軍衆を脅したのだ。ああ■■が罪人に触れるというのも、倉■が舟を転覆させるというようなもの。水中に棲息する神獣・倉■は、時に舟を転覆させるというものであり、その性格は有罪人を見分け罰を与えるという獬豸と同類のものと解される。このような後漢初めに於ける■の描写には、その瑞獣としての初期的な姿が示されるだろう。5−2、郭璞『山海経図讃』の瑞獣「■」 ― 「角」の要素についてまた、東晋の郭璞は『山海経図讃』において「■」を次のように讃する。   ■推壮獣、似牛青黒。力無不傾、自焚其革。皮充武備、角助文徳   ■は勇壮な獣、牛に似て青黒く、力は大きく傾かせないものはない。身を滅ぼされればその皮をはがされる。■の皮は武器によく、角は文徳の助けとなる。郭璞『山海経図讃』には、『山海経』の古来の珍奇な動植物を、漢以来の讖緯説の

元のページ  ../index.html#149

このブックを見る