鹿島美術研究 年報第27号別冊(2010)
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― 170 ―⑯有職文様の形成と展開に関する研究研 究 者:東京国立博物館 主任研究員  猪 熊 兼 樹序言近代以前、平安京の宮廷においては皇族・廷臣・女官たち宮廷人が公家階層として独特な礼法に基づく生活を営んでいた。その宮廷礼法を有職といい、これは律令格式などの法典類や儀式書、あるいは先例や慣習を故実とする記録を典拠としていた。そのような事情を承けて、宮廷礼法において使用された服飾調度類の工芸意匠を有職文様と称している。先に筆者は有職文様を礼法的観点によって祭祀系・朝賀系・公事系に分類する試論を述べた(注1)。有職文様の主要をなす公事系意匠の基本的図様は、宮廷文化が充実した平安後期頃に形成されたと考えられ、それらは奈良時代に伝わった唐代美術が平安時代の宮廷人の美意識に基づいて日本特有の展開を遂げたものと説明される傾向があった。しかしながら近年のように、平安後期の美術工芸について併行期にあたる宋代や遼代の美術工芸を見渡した研究が盛んな状況においては、文様史についても東アジア的な見地に立った議論を深めることが望ましい。かつてA・リーグルが様式論を駆使して開拓した文様史は、美術工芸の時代・地域・素材・技法を超越しながら各地域の資料を連結してゆくところに長所を発揮したものであり、この学問的特質はE・ローソンたちによって継承発展された(注2)。かねてより筆者は奈良・平安・鎌倉時代および併行期にあたる唐・宋・遼代の工芸意匠を対象とし、相互に共通項をもつ作例の検出に努めてきた(注3)。その成果を援用しながら、本研究では有職文様の形成と展開について転化・伝播・適用という現象として検討を試みた。・ゴンブリッチやJ1.転化平安遷都を画期として平安時代のはじまりとするが、これと美術様式の展開の画期は必ずしも同様には認められず、平安前期の宮廷においては唐風志向が著しかった。平安後期の美術様式について和様と称しているが、これは平安前期から平安後期にかけての美術様式の展開を日本特有の現象と見做した用語であろう。この展開における図様要素の置換や見立について転化として捉えてみた。【松喰鶴文】松喰鶴文の図様は飛翔する鶴が松枝を銜える姿態を基本とする〔図1〕。法隆寺献■■■■■■■■■■■■■

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