注⑴猪熊兼樹『有職文様』至文堂,平成20年(2008)⑵ALOIS Riegl STILFRAGEN: Grundlegungen zu einer Geschichte der Ornamentik, Berlin: Verlag vonGeorg Siemens, 1893、リーグル著・長廣敏雄訳『美術様式論 ―装飾史の基本問題―』座右宝刊行会,昭和17年(1942)、ERNST Gombrich THE SENSE OF ORDER: a Study in the Psychology ofDecorative Art, Oxford: Phaidon, 1979、JESSICA Rawson CHINESE ORNAMENT: The Lotus and theDragon, New York: Holmes & Meier Publishers, 1984― 176 ―自己主張的現象と関連付ける見解もあり、正しくそのような世界史的な視点によって理解されるべき性質のものと思われる(注12)。あまりに中国美術史の文脈のなかで日本美術史を捉え過ぎるようであるが、実際に平安後期美術と宋代美術とのあいだに共通項が確認されていれば、改めて平安後期美術における日本的特殊性を主張するとしても、もはや後退した議論では済まされない。ここに問題となるのは、奈良時代美術は唐代美術の素材・技法・形式・図様などについて全面的同一性を志向するのに対し、平安後期美術は宋代や遼代の美術の図様に取材しても必ずしも同一性を志向しておらず、各時期における中国美術の受容態度を同様には理解し難いことである。中国絵画は宋代の水墨の発生展開によって装飾性工芸性から訣別したとする説もあるが(注13)、これは日本美術の装飾性が唐代美術の美意識を継承しているようにも理解される。そのような文脈に基づけば、淡麗写実的な宋画を蒔絵や螺鈿という華麗装飾的な工芸意匠という形式で表現しなおした受容者の美意識も理解されてこよう。宋画の図様を受容しても、宋代の画史や画論が主張する写生感覚は受容しない―これは外来文化の表層を受容しても、その背景の理論や精神に対する関心は薄いという、日本における異文化受容の本質的な性格であるとさえ思われる。すなわち平安後期に伝来した唐物には生活様式を構成する機能ではなく、生活文化を充実させる機能が希求されたものと考える。そして、これらの意匠は趣味的な美意識に基づいたデザインとしてばかりではなく、特殊な宮廷礼法のなかで社会的な意味をもつ符号として適用されたものでもあれば、その様式展開についても美術史的現象としてばかりでなく、社会的現象としても考慮すべき余地がある。かつてA・リーグルは文様を形成する要因を、素材や技法や用途ではなく芸術意志に求めたが、更に歴史的社会事情についても考え併せるのである。⑶猪熊兼樹「春日大社古神宝 蒔絵箏についての考察」『美学論究』15号,関西学院大学,平成12年(2000)、猪熊兼樹「春日大社蔵 沃懸地螺鈿毛抜形太刀の意匠に関する考察」『仏教芸術』266号,毎日新聞社,平成15年(2003)、猪熊兼樹「金剛寺蔵 野辺雀蒔絵手箱の場景意匠に関する考察」『仏教芸術』282号,毎日新聞社,平成17年(2005)
元のページ ../index.html#186