鹿島美術研究 年報第27号別冊(2010)
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―17世紀オランダ「黄金時代」の継承と革新―②17世紀末から18世紀前半のオランダ風俗画研究 17世紀末から18世紀半ばまでのオランダ風俗画は、その構図や題材、またはモチーフに、17世紀盛期の風俗画からの借用が顕著にみられる。これまでのオランダ美術史研究において、こうした特質は創造性に欠ける「引用」として軽視されてきた。だが筆者の博士論文では、ここにこそ17世紀絵画の継承が現れていると考え、その分析を通じ、この時代の画家たちが先駆者たちの風俗画をいかに評価し、利用し、革新したのかを考察する。なかでも本報告書では、革新の側面、すなわち18世紀初頭の風俗画の特質のひとつである「洗練化・優雅化」の傾向について分析する。― 10 ―研 究 者:アムステルダム大学大学院 文学研究科 契約専任研究助手問題の所在市民の日常生活を題材とした17世紀盛期オランダ風俗画が、素朴、誠実、剛健という性質を連想させるのとは対照的に、18世紀初期のオランダ風俗画〔図1〕は今日までの言説において「優雅」や「洗練」といった言葉で語られてきた。この傾向はその発端を、1660年代以降に人気を得た富裕な市民を描く風俗画に遡る。この頃、画家たちは、ひなびた台所の片隅よりも高価な品々で飾られた室内を、質素な身なりの召使よりも豪華な繻子の衣をまとって余暇に興じる淑女を描き出すようになる。美術史家M.ウィーズマンは、この種の室内画を得意とした画家カスパル・ネッチェルに捧げた研究のなかで、それを「理想化された優雅と洗練という美的特質を達成しようとする傾向」と定義し、富を蓄積して贅沢な生活様式を追求する市民の趣向と結びつけた(注1)。こうした見解には、市民の洗練化という社会的プロセスと併行して風俗画の情景も洗練化するという考えが底流し、そのため18世紀初頭の風俗画は、17世紀の風俗画の「優雅化と洗練化」が進んだ結果の産物として一蹴され、題材と様式自体についての検討もおろそかにされてきた。だが本研究において18世紀前半の風俗画を広範囲に検討した結果、実際に何が優雅な印象を与えているのか、その特質が次第に浮き彫りになってきた。まず、描かれた題材は、富裕な市民の余暇に限らず、17世紀風俗画から多様な情景が継承されており、店で買い物をする召使、比較的質素な室内で赤ん坊に授乳する母親〔図2〜4〕など異なる社会層に属した市民が登場する。一方で、こうした作品をつぶさに比べてみる青 野 純 子

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