鹿島美術研究 年報第27号別冊(2010)
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⑱ フランソワ・ブーシェによる王立ボーヴェ製作所のタピスリー連作〈神々の愛〉につ9点連作〈神々の愛〉―《バッコスとアリアドネ》、《プロセルピナの略奪》、《ネプトゥヌスとアミュモネ》、《バッコスとエーリゴネ》、《マルスとウェヌス》、《ボレア― 192 ―いて―《バッコスとエーリゴネ》の愛をめぐって―序研 究 者:東京藝術大学大学院 美術研究科 博士後期課程  小 林 亜起子フランソワ・ブーシェ(1703−70)は王立ボーヴェ製作所のタピスリー・デザイナーとして活躍し、ボーヴェ織りの国際的名声を大きく高めることに寄与した。ルイ14世の治世下に設立されたこの製作所は、個人向けのタピスリーを販売しており、その運営は国王に認可された経営者の手に委ねられていた(注1)。ブーシェの下絵に基づく連作〈神々の愛〉(1748年に1作目完成)については、エディット・スタンデン(1986)らの研究によって基本情報が明らかにされている(注2)。本研究では、それらの基礎研究を踏まえた上で、9つの主題から構成される〈神々の愛〉の図像表現や着想源、制作意図について、ブーシェの絵画制作活動との関連性を視座にいれた考察を行い、新たな知見を提示した(注3)。本稿では、その研究成果のなかから《バッコスとエーリゴネ》〔図1−a〕に焦点を絞って論じたい(注4)。〈神々の愛〉の多くの場面は、オウィディウスの『変身物語』中の一般になじみ深い恋愛物語を主題として構成される。しかし、早い時期に優先的に制作された作品群に含まれる《バッコスとエーリゴネ》の主題は、《アポロンとクリュティエ》とともに、絵画の主題として時折取りあげられていた程度であり、タピスリー作品の先行例は存在しない。このふたつのタピスリーの最も重要な購買者は国王ルイ15世であった。すでに筆者が別の論文(上記注3参照)で明らかにしたように、《アポロンとクリュティエ》には国王の愛をめぐるイメージが織り込まれていた。本稿では、同じ作品群に属する《バッコスとエーリゴネ》もまた、同様に当時の王室への特殊な言及性をもって構想された作品である事実を示したい。以下、《バッコスとエーリゴネ》の新たな着想源を指摘し、それを手がかりにして、重層的に織りなされたこの作品のイメージを読み解くことを試みる。この観点にそって、〈神々の愛〉の概観、《バッコスとエーリゴネ》の図像伝統、作品解釈の順に検討する。1 連作〈神々の愛〉の制作状況と購買者

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