3 1747年のバレエ『エーリゴネ』前節では版本挿絵と絵画を中心に「バッコスとエーリゴネ」の主題に関連する図像表現の変遷を跡づけた。『変身物語』を典拠とする「バッコスとエーリゴネの愛」のイメージは、ルイ14世のイメージ体系に関連した版本挿絵を介して広く知られるようになった。おそらくブーシェは、こうしたブルボン王朝に関連した図像的伝統を参照しながら、タピスリーを構想したのであろう。本節では、おそらくブーシェの主題選択を決定づけたと思われる同時代の状況を提示することによって、エーリゴネの恋物語に重ね合わされた暗示性の内容を明らかにしたい。まず、再びブーシェのタピスリ― 196 ―(パリ、1697/リエージュ1698)にも、2人の恋が数行の詩句のなかでドラマティックに語られている(注24)。ブドウに魅了されたエーリゴネがその神の力を感じた、というテクストは、『ロンド』と同じくバッコスの偉大さを強調している(注25)。パリ本に添えられたフランツ・エルタンジェールの挿絵〔図5〕は、明らかに先行するショーボの挿絵を簡素にアレンジしたものといえる。18世紀前半には、エーリゴネを主題にした絵画作品が散見される。それらは、ふたつのタイプに分けられる。ひとつ目は、ジャン=フランソワ・ド・トロワの作品やモーリス=エティエンヌ・ファルコネの彫像〔図6〕(注26)にみられるもので、ショーボの挿絵〔図4〕のように、エーリゴネはブドウとともに全身で表現される。ブーシェのエーリゴネは、ポーズや着衣の描写において、ショーボの挿絵と一定の共通性を示しており、さらにふたつの作品の舞台背景―木々のあいだに装飾的モティーフとして描かれたドレーパリー―も、類似した印象をうける。フランス宮廷でよく知られた『ロンド』の版本挿絵は、ブーシェの着想源のひとつとみなせるかもしれない。ふたつ目は、カルル・ヴァンローの作品〔図7〕のように、半身像のエーリゴネを近距離から描写するものである(注27)。この図像タイプは、アカデミーで高く評価されていたイタリア画家グイド・レーニによる《エーリゴネ》〔図8〕の系譜上に位置づけられる(注28)。レーニの作品は18世紀にフィリップ・オルレアン公のコレクションにあり、セバスティアン・ルクレールの版画を通じて広く知られていた。以上のような図像の変遷が示すことは、フランスでは『変身物語』を典拠とするエーリゴネ図像がルイ14世の時代を契機に、国王を暗示する偉大なるバッコスというイメージとともに版本挿絵を通じて流布し、その図像表現は18世紀前半にもひとつの表現パターンとして継承された、ということである。
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