― 205 ―⑲〈最後の審判〉に現れる【関所】―ルーマニア・マラムレシュ地方18世紀の事例―【関所】 ―死者の精査―研 究 者:大阪市立大学大学院 都市文化研究センター 研究員はじめにマラムレシュ地方はルーマニア・トランシルヴァニア地方最北部に位置し、17−18世紀に建てられた木造教会建築で知られる。教会堂の装飾はビザンティン、ならびにポスト・ビザンティン美術の伝統を礎にし、内部は壁画で覆われる(注1)。本研究はこの壁画に現れる【関所】を検討する。【関所】とは死後、魂の状態となった人間が生前の所業を精査される場所である。東方正教会の伝承によると、死者は天使に連れられて【悪口】、【盗み】、【暴力】といった具合に、数々の【関所】で取り調べを受ける。各々の【関所】が取り扱う罪を「この世」にて犯していなければそのまま通過できるが、行為が認められた場合、金銭を要求される。全ての【関所】を通過できれば天国に到達し、そこで「最後の審判」までの時を過ごすことができる。介添え天使が準備する金銭の額は「この世」での善行と相関するらしく、天使が用立てできないほどの悪行を死者が生前行っていた場合、死者は「最後の審判」において再び裁きを受けるまでの間を地獄で過ごす。この伝承はルーマニア語ではva˘mile va˘zduhuluiといい、直訳すると「天の税関(の数々)」である。東方正教会は「最後の審判」以前に死んだ人間は一旦裁かれ、天国か地獄に行くという私審判思想を育んだ。従来からの教義である「最後の審判」は公審判と称され、神の審判は「私particular(ないしprivate)」と「公universal」の2度におよぶ、との観念が定着する(注2)。ビザンティン帝国下で13世紀までに成立したと考えられる聖人伝『新バシレイオス伝』が、この公私一対の審判という観念の伝播に重要な役割を果たしている。【関所】は私審判で生じる出来事の具体例であり『新バシレイオス伝』にて本聖人伝作者の友人、テオドラがその体験談を語る(注3)。【関所】が絵画化されるようになるのは、ポスト・ビザンティン美術以降である。【関所】は東方正教会における「あの世」観として人々の間によく浸透しているが、公審判たる「最後の審判」とは異なり教義化されなかった。このため【関所】伝承は 早 川 美 晶
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