鹿島美術研究 年報第27号別冊(2010)
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― 206 ―伝播された地域や時代の状況に応じて容易に多様化する。絵画となった【関所】にバリエーションがあるのもこの事情を反映しているからであろう。絵画化された公審判であるところの〈最後の審判〉に伴われるように出現し、〈最後の審判〉を構成するモチーフと化すこともある。【関所】には形式遵守の傾向が強いと捉えられがちなポスト・ビザンティン美術の〈最後の審判〉に多様性をもたらす作用がある。これは先行研究でも認識されてはいたものの(注4)、これまで具体例を挙げて【関所】が検証されたことはほとんどなかった。マラムレシュの教会壁画に関する研究では1982年のA. Pop-Bratuによる文献が筆頭に挙げられる(注5)。そこで本研究ではPop-Bratuのデータに基づき、【関所】および〈最後の審判〉が存在する10ヶ所の教会堂で調査を行った。【関所】が描かれる教会堂は以下の3つである。カリネシュティ・カイエニ地区 生神女誕生聖堂Biserica de lemn Nas,terea Maicii Domnului din Ca˘lines,ti-Ca˘ieni17世紀半ばにアプス、ナオス、プロナオスの三部屋からなる教会堂の基礎部分が建立され、19世紀に増築された。【関所】ならびに〈最後の審判〉はプロナオスに描かれる。これはナオスの内壁画とともに絵師アレクサンドル・ポネハルスキAlexandruPonehalskiによるものであり、1754年のサインがプロナオス西内壁に書かれている(注6)。なおこの教会堂の出入り口はプロナオス南壁にあり、北壁には別室へ抜けるための出入り口がある。〈最後の審判〉はプロナオス東内壁を中心に南北の壁面にも及んで現れる〔図1、2、3〕。ナオスに通じる通路の上部が、天使を従え再臨するキリストと生神女マリアおよびヨハネにより構成されるデイシスであり、そこから南北下部へと神の裁きの日の光景が展開されていく。ただしナオスへ通じる通路に隣接する南北にはキリストと聖母子の半身像がそれぞれ配置され、この2つは〈最後の審判〉のモチーフではない。また増築によりデイシスの上部が天井によって遮られ、キリストの顔が見えないが、Pop-Bratuの記録によればデイシスより上方で何かの場面が展開されることはない(注7)。【関所】は東壁北下部、聖母子と天国の門に挟まれる部分に描かれる〔図4〕。死者が群れなす視線の先に小屋が建ち並ぶ。南に向かって4棟並び、そこから北へ向かって8棟の小屋が段々に下がって行く。下がりきった先、光背を伴う人々が群れなすところで東壁は終わり、北壁に天国の扉と天国が確認できる。小屋の第一棟目、屋根の

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