鹿島美術研究 年報第27号別冊(2010)
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― 207 ―部分に【関所】を意味するvama(注8)がスラヴ文字で表記されている。各々の小屋の中には角を生やした全身黒ずくめの悪魔がおり、台詞を提示している。そして小屋の手前には天使がいて、やはり台詞を提示している。白装束の死者が、親にすがりつく子のように天使に寄り添う。悪魔と天使の示す台詞は死者の生前の所業を責める言葉と庇う言葉の応酬になっており、もとの文言があいまいなうえに剥落も多いため日本語に直訳するのは困難だが、おおむね以下のような具合である(注9)。【第一関所】悪魔「各日曜や祭日に、教会に通うことをしなかった」天使「家で祈り、涙ながらに何度も跪き、キリストを畏れた」【第二関所】悪魔「父と母の言うことをきかなかった」天使「老いた両親が死ぬまで面倒を看た」【第八関所】悪魔「(男の名)の(女の名)を引き離した」(注10)天使「死ぬ前に悔い改めた」【第十関所】悪魔「大食いし、浪費した」天使「7年以上も斎をして過ごした」【第十一関所】悪魔「他の女とも契った神父」天使「夫人を放逐したけれども悔い改めた」(注11)イエウド地区 生神女誕生聖堂Biserica de lemn Nas,terea Maicii Domnului din Ieud-deal17世紀に建立され18世紀の改築を経たイエウドの教会堂の壁画は、カリネシュティ・カイエニと同様ポネハルスキによるものである。カリネシュティ・カイエニの壁画より少し後で制作されたと考えられている。〈最後の審判〉はプロナオスの西壁面を中心に描かれる〔図5、6、7〕。イエウドの教会堂は西壁中央に建物の出入り口があり、扉に描かれる聖クリストフォロスを除いた面が〈最後の審判〉に割り当てられ、西壁一面では収まりきれずに南北の壁面にも広がっている。【関所】は西壁の南半面下部に出現するが、カリネシュティ・カイエニの場合と異なり天使と悪魔が空中を飛びながら対峙する様子で描かれる〔図8〕。

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