2.画家の実践:ウィレム・ファン・ミーリスの風俗画における女性像18世紀初頭の代表的なオランダ画家の一人であるウィレム・ファン・ミーリス(1662−1747)は、様々な題材の風俗画の制作で知られ、その作品には「洗練と優雅」という表現にふさわしい一種の理想化された女性像が登場する〔図1,2〕(注10)。こうした女性像をどのように考案したのか、その問題を解決する鍵は、彼の物語画における女性表現と、風俗画におけるその転用にある。ウィレム・ファン・ミーリスは、デ・ラレッセがその著作のなかで薦めたように、古代美術を規範とした古典主義の彫刻をモデルに物語画の女性像を創案したと考えられるからである。1696年から1702年の間、ファン・ミーリスは、フランドルの古典主義彫刻家フランシス・ファン・ボスアウト(1635−1692)の彫刻の素描模写を数多く制作する(注11)。ファン・ボスアウトはローマで古代と同時代のイタリア彫刻を学んだ後、1680年から没年までアムステルダムで活躍し、1727年にはその作品69点が版画化・出版されて、古典主義彫刻の手本として画家たちに享受された(注12)。ウィレム・ファン・ミーリスは、はやくもこの版画集の出版以前に、自身のパトロンの所蔵するファン・ボスアウトの作品を直接鑑賞し、模写を行って、理想の女性像創作の着想を得ていたと推察される。― 13 ―らなかったかを明らかに示している。では実際に風俗画を描くにあたり、画家たちはどのようにして人物に「優美さ」を与えたのだろうか。ウィレム・ファン・ミーリス作《バテシバ》(1708)〔図5〕を例にとってみよう(注13)。ダビデ王にその美しい裸身を盗み見られる運命のバテシバは、柔らかな肌を露に、しなやかで優雅なポーズで座す。ファン・ミーリスによるファン・ボスアウト彫刻作品の模写素描2点が、このバテシバ像の創作の着想源を明らかにしてくれる。まず、《ヴィーナスとキューピッド》〔図6〕に描かれたヴィーナスは、その横顔と髪型、そして頭部から首と肩への曲線が、バテシバに極めてよく似ている(注14)。しかもこの類似点こそ、画家が自身の関心に基づいて、ファン・ボスアウトの彫刻から抽出した特質と考えられるのである。彫刻作品の所在は不明だが、前述の版画集に収められたこの彫刻を表す版画〔図7〕とファン・ミーリスの模写素描〔図6〕とを比べてみると、版画制作者の視点とは異なり、ファン・ミーリスが意識的に彫刻ヴィーナスの顔を真横から捉え、頭部から肩への流れるような曲線を際立たせ、下半身のひねりを強調していることが分かる。もう一点の模写素描《ディアナとカリスト》〔図8〕のディアナには、その横顔と上半身にバテシバと同様の特徴が見られるだけでなく、左足を伸ばし、右膝を折って座すというポーズもたがいによく似ている(注15)。
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