鹿島美術研究 年報第27号別冊(2010)
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― 240 ―図で一帖となっている。落款は「旭江」(墨字)、印章は「淵」「禎」(白文半円印)である。年記はなく正確な制作年代は不明である。本画帖で特筆すべきは、表と裏の作風が大きく異なる点である。大きさも表裏で縦約4cm、横約7cmの差異が認められる(文末参照)。そして画風を確認するならば、表は濃彩を用い細かい線を重ねた緊密で立体感のある画面〔図3〕であるのに対し、裏は色彩も筆数も抑えた丸みを帯びた作風である〔図4〕。一つの画帖をこのようにまとめた意図をどのように判断するかは今後の課題としたいが、この両面の画風を見て想起されるのは、前述した「五畿七道図」(岡山県立美術館蔵)と「名跡山水図帖」(個人蔵)である。画帖表の特徴である「濃彩を用い細かい線を重ねた緊密で立体感のある画風」とは、そのまま「五畿七道図」の特徴といえる〔図5〕。「五畿七道図」は特別注文であり、顔料・描写ともに旭江作品の最高峰であるが、画風を見るならば、用いられる色彩や細かいモティーフの図様は「五畿七道図」と相通じるとみなしてよい。そして画帖裏の特徴である「色彩も筆数も抑えた丸みを帯びた作風」は、前掲の「名跡山水図帖」の特徴である〔図6〕・〔図7〕。「名跡山水図帖」と比較すると、本画帖の描写により立体感が意識されているなど、作風は必ずしも同一であるとは判断できない。しかし、大きな括りとしては、「名跡山水図帖」と同じカテゴリーに分類できる作品といえる。旭江の肉筆画帖は、現時点では管見の限り「五畿七道図」、「名跡山水図帖」、そして本画帖の3点のみが現存している。申請者の今までの調査により、旭江の肉筆画帖作品を大別するならば、現在のところ大きく前述の2種類、即ち⑴【「五畿七道図」―「真景図帖」表面】系統と、⑵【「名跡山水図帖」―「真景図帖」裏面】系統に分類できることが判明した(注11)。今後新たな画帖が発見され比較材料が増えることを期待したい。④「友島全景図巻」(大英博物館蔵)「友島全景図巻」(以下本図巻と略称)は、紀州藩の儒者・川合春川(1750〜1824)による序文と「友ヶ島全景」「観念窟」「序品窟」「閼伽井」「剣池」「深蛇池」「藤白山眺望」「名草山海望」の8図よりなる絹本着色、1巻の図巻である〔図8〕。序文の記述から、寛政10年(1798)の制作であること、さらに紀州藩十代藩主・徳川治宝の命による友ヶ島への実地踏査をもとに描かれた作品であることがわかる。しかし、落款や画家に関する記述がないことから、紀州藩のお抱え絵師の筆によるとの推測がなさ

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