2 「二尊院縁起絵巻」の画面と詞書の分析まずは画面についてみていきたい。全般に元信個人様式を持つ絵巻の手法を踏襲しているが、個人様式の特質である謹直な描線や、建物や空間に対する明晰な構図意識は弱まっている。彩色も「釈迦堂縁起絵巻」や「酒伝童子絵巻」に見られる、濃彩と金泥によって画面を充填するような装飾的傾向は抑えられ、落ち着いた配色である。しかしながら、「北野天神縁起絵巻」(神奈川県立歴史博物館蔵)と比べると、「二尊院縁起絵巻」の線描は力強く、元信様式をある程度咀嚼した絵師によって描かれたと考えられる。― 259 ―第三段から下巻最終段までを三条西公条が清書したこと、絵を狩野元信が描いたことが知られる。本絵巻に言及する解説類では、本絵巻は元信の工房に属す者、あるいは元信の子・松栄の筆になる可能性が指摘されている(注6)。画風については、「全体の描写密度はやや希薄となり、緊張感に欠ける」とされ、下巻第七段の落慶供養場面に本絵巻のパトロンと推定される三条西公条らしき人物が描かれていることから、本絵巻の制作には公条の関与が想定されている。なお、本絵巻には現在数本の模本が伝えられており、東京国立博物館に所蔵される狩野晴川院養信の模本をはじめ、宮内庁所蔵本(藤原哲長模写)、名古屋造形大学図書館本(竹内栖鳳模写)、京都市立芸術大学所蔵本(入江波光模写)などが確認される(注7)。人物表現は、多くが狩野派絵巻に見出されるもので、面貌を描き分けることで画面に変化を持たせている。細部表現では、「釈迦堂縁起絵巻」や「酒伝童子絵巻」などに見られる、僧侶の後頭部や頭頂部がやや膨らむ描写や頬骨の張った横顔の描き方、片膝を立てた姿態〔図1〕など、特有のモチーフが確認される。僧侶の面貌表現は丁寧でそのバリエーションは豊富である。特に、熊谷直実の面貌表現〔図2〕は、「酒伝童子絵巻」の源頼光など武将のそれ〔図3〕と近似し、上瞼のアイラインが強く、眉毛も上向きに引かれたものとなっている。上巻第2段から第4段に登場する法然上人は、「足曳御影」(二尊院蔵)を髣髴とさせる数珠を持った姿で描かれる〔図4〕。人物は、基本的に墨で描き起こすが、面貌表現は代赭で描き起こす。その一方で、絵師の技量の限界を示すところもある。例えば、顔の前にかざす手やしゃがんだ姿勢などに、やや不自然な描写がみられる。樹木は、松は、露根で屈曲した幹と枝からなるものが多く、点苔が施される。松以
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