鹿島美術研究 年報第27号別冊(2010)
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― 303 ―を窺い知るには程遠い内容であった。また、現在カタログ・レゾネの編纂を進めている孫のクレール・ドニ氏からも、全貌を把握することは極めて困難であるという回答を頂戴した。しかしながら、幸いなことにドニは蒐集作品をたびたび展覧会に出品しており、カタログの記載などから旧蔵情報を抽出していくことは可能である。とくに1970年にテュイルリー公園のオランジュリーで開催された「モーリス・ドニ」展には、関連作品としてドニの旧蔵コレクションから16点が出品されており、今回の調査に大きな手掛かりをもたらしてくれた(注2)。また、プリウレ美術館の開館直後に刊行された所蔵品目録も欠かせない資料で、「PMD976.3」から始まる目録番号が付された作品は、ドニの遺族からの寄贈を表している。それによると象徴主義やナビ派に関連する作品として、5点の油彩画、37点の版画、素描18点、彫刻1点が遺族から美術館に寄贈されたことがわかる(注3)。5点の油彩画の内訳だけを挙げるならば、ランソンの《魔女たち(火を囲む魔女たち)》、ライセルベルヘの《マルト・ドニの肖像》、ドニによる教会の壁画制作に協力したR・P・クチュリエの《トルコ軍の攻撃のなかで祈りを捧げる法王》とジョルジュ・ド・トラスの《洗礼者ヨハネ》、さらにドニの弟子であったラファエル・ドルアールの《鴨》となっている。全体としては素描や版画が大半を占めており、フランスの他にはベルギー、イタリア、スペイン、ロシア、スイスといった画家の名前が散見される。しかしながら、遺族から寄贈された作品についてはドニの旧蔵作品であった蓋然性が極めて高いものの、ドニの死後に新たに入手した可能性も否定できないため、本稿では他の文献で確認が取れないものについては慎重に扱うこととしたい。これらの情報に各種のカタログ・レゾネ、関連する展覧会カタログや画集に基づく補完的な調査によって作成したのが、「モーリス・ドニの旧蔵コレクション(フランス近代美術篇)」〔資料〕である。ここでは範囲を限定した上で、油彩とパステルと素描と彫刻に絞っているのは、それ以外のコレクションの実態がほとんど掴めていないからである。唯一の例外が日本の浮世絵で、ドニは70点以上を蒐集していたことが先行研究によって解明されている(注4)。暫定的なリストであるとはいえ、管見の限りにおいて、これまでドニの旧蔵コレクションがまとめて提示されることはなかった。全体を眺めてみると、ヴュイヤール7点、ボナール4点、ランソン4点、セリュジエ3点といった同世代のナビ派の画家たちの占める割合が高いことがわかる。さらに、セザンヌ2点、ファン・ゴッホ1点、ゴーガン4点に加えて、カリエール1点、アンリ・エドモン・クロス3点などが注目に値しよう。偏りがあるとはいえ、ひとまずポスト印象派からナビ派や象徴主義までの、主だった画家の作品が■えられていた

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