鹿島美術研究 年報第27号別冊(2010)
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2.ドニ所蔵のゴーガン作品リストで示したように、ドニのコレクションにはゴーガンの4点の油彩画が含まれていた。改めて並べて見てみると、ある絶妙なバランスに基づいた選択であることがわかるだろう。つまり、磔刑像や陶器という自作のモティーフを背景に配した《黄色いキリストのある自画像》〔図2〕に加えて、印象派時代の影響を色濃く残し、落ち着いた色調で描かれた《白いテーブルクロス(グロアネクの宿)》〔図4〕、派手な朱色を基調として総合主義の確立期に制作された《グロアネクの祭り》〔図5〕、フォルクヴァンク美術館所蔵の有名な作品に先立って、最初のタヒチ滞在で制作された《野蛮な物語》〔図6〕は、それぞれゴーガンの画業の重要な節目に対応していると考えられるからである。― 305 ―品を蒐集したのかという入手経緯、さらには蒐集したコレクションをどのように活用していたのかという利用実態にまで踏み込んで考える必要があるだろう。以下ではひとつの事例として、とくにゴーガン作品を取り上げて、ドニとコレクションの関係を提示したい。そして幸いなことに、上記の2点の静物画については、例外的に入手の時期と経緯が判明している。これらはもともと、ポン=タヴェンでグロアネクの宿を経営していたジャン=マリ・グロアネク夫人にゴーガンが寄贈した作品であった(注6)。1905年にポン=タヴェンを訪問したドニは、すでに隠居していた彼女に当時のゴーガンの様子を尋ねる一方で、息子のアルマンから上記の2点の板絵を含めた4点の作品を購入する契約を交わした。その具体的な内容はアルマンが記した領収書から確認することができる。「マドレーヌ・ベルナールと署名されたゴーガンの作品」とは《グロアネクの祭り》を指している。画面右下の机の縁に描かれた「マドレーヌ・B」のサインは、素人作品と偽るためにゴーガン自身が加筆したものであった(注8)。また、領収書に造形的特徴は明記されていないもの、「もう1点のゴーガンの静物画」は《白いテーブルクロス(グロアネクの宿)》であったと結論付けられている(注9)。ゴーガン2点と  「私はモーリス・ドニ氏に、マドレーヌ・ベルナールと署名されたゴーガンの作品と、カフェに置かれたもう1点のゴーガンの静物画、さらにベルナールの2点の作品を1200フランで売却して、内金として100フランを受領した。―これらの絵は代金が全額支払われた後にモーリス・ドニ氏に引き渡すこととする。」(注7)

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