2色以上で構成された威色ではそのなかで対比関係が築かれている例が多く見受けられる。例えば上巻12紙の逆沢瀉威大鎧の例では白地(10YR9/1)に萌黄(5.5G3/5)、紅緋(6.8R5.5/14)の3色で構成されており、大袖や草摺のなかで既に対比関係が生まれている。加えて鎧直垂の緋色と威毛地色の白色とのコントラストがさらに強い対比関係を構築しているのである。さらに、近似関係の内訳は緋威大鎧と朱鎧直垂の例や上下とも緋色の例など、赤系Rの同系色のみで占められていることも述べておく。赤味であるRが含まれた色彩であるため、マンセル色相環では赤系の色相線上に置かれ、彩度や明度の差異によって取り扱われる。茶系YR−R威毛の素材としては、なめした鹿韋を煙で燻した薫系の染料で麻・綿素材に対し多く用いられたと推察できる。これら韋威の鎧、また橡系の染料は比較的安価でもある。そして威毛は緑系28例、黒系24例、青系21例、紫系17例と続く。鎧直垂は黒系32例、青系22例、白系16例、緑系12例となる。緑系GYは藍に刈安や黄檗を染め重ねた色彩で、主に韋、麻、綿素材に用いられる。黒系Nについては橡や墨染、あるいは藍を染め重ねた褐色(7PB2.5/3)といわれる濃紺も含まれる。室町時代の遺品で厳島神社蔵黒韋肩紅威大鎧に付随する寄進状によると(注10)、黒を染めだすには何度も藍をかけ、藍の重なりによって黒に極めて近い濃紺色に仕上げ、これをもって黒韋としたという記述がある。江戸時代に盛んに行われた鉄媒染による鉄漿染は室町時代以降の技術であり、威毛や直垂にみられる黒色は、漆黒ではなく極濃紺であった可能性が高いということになる(注11)。紫系については二藍、浅紫(6P6.5/2.5)が使われ、濃い紫色を用いている例はない。薄い紫であれば、藍と紅花もしくは蘇芳によっても染められるため、比較的安価である。本絵巻の大鎧の威色目と鎧直垂の色の取り合わせは、赤威に紺の鎧直垂などの対比関係133例、縹威に萌黄直垂などの類似関係44例、緋威に緋直垂などの近似関係が26例である。その他上半身のみの描写や剥落等で色相関係を判別するに至らなかった例が56例であった。それぞれの割合を出してみると〔図4〕のようになった。鎌倉時代に成立したと考えられている軍記物語『平家物語』や『源平盛衰記』の装束描写では類似関係の割合も多く、有職文様の絵韋や襲色目にもある威色目など公家文化に影響された色彩観が窺えた(注12)。その後成立したと考えられる「蒙古襲来絵巻」では、特に対比関係が抜きん出て多くみられた。さらに本絵巻では対比関係の割合の高さに加え赤系の強い色のみでの近似関係が多く占められ、より一層はっきりとした強いコントラスト、強い色彩を好む傾向が窺えるのである。色彩特徴と推移からみると、史■■■■■韋が考えられ、鎧直垂の茶色は橡― 25 ―■■■■■■■■■■■■■■
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