鹿島美術研究 年報第27号別冊(2010)
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5.結果報告これまでみてきたように、制作側としては史実に忠実であるよう古様の鎧を、と時代意識を持ち「大鎧統一モデル」を設定したと考えられるが、結果として史実よりかなり新しいモデルとなった。さらに文様・威色目には「古様」「当代」の両スタイルが整合性を欠いて入り混じり、鎌倉時代後期から南北朝時代の意匠が多くみられた。記録的役割として描かれた「蒙古襲来絵巻」と異なり、史実時の武装の色彩観はこうであっただろう、という言及はできないものの、時代のなかでの一傾向としては捉えることができたと考えている。それは「蒙古襲来絵巻」より後に制作された本絵巻が、新しい色彩傾向の片鱗を見せている点である。複数色威毛内での対比関係、鎧と鎧直垂との対比関係に併せ、赤の同系色での強い近似関係が新しい色彩傾向として加わるというこの結果が、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての、武装の推移と色彩観を結ぶ糸口の一つになると予感している。注⑴有職故実、服飾史研究:鈴木敬三『有職故実辞典 服装と故実』吉川弘文館,1997、丸山伸彦『日本の美術9 武家の服飾 第340号』至文堂,1994など。甲冑の実証研究:山岸素夫『日本甲冑の実証的研究』つくばね舎,1994、「合戦絵にみる武具」『続日本絵巻大成17月報15』中央公論社,1983、山上八郎『正訂日本甲冑の新研究 上・下』飯倉書店,1942など。合戦絵巻研究:宮次男『合戦絵巻』角川書店,1977、小松茂美編『日本の絵巻14後三年合戦絵詞』中央公論社,1988など。― 28 ―⑵佐藤佳代「武家装束の色彩観―「蒙古襲来絵巻」に描かれた武装表現を中心に―」『美術史』第165号,美術史学会,2008,18−38頁。「「蒙古襲来絵詞」にみる竹崎季長着用大鎧̶小桜萌黄返威の可能性と再現実験―」『デアルテ』第23号,九州藝術学会,2006,95−115頁。博士学位論文「大鎧の威色目―色相にみる日本人の美意識―」九州産業大学大学院,2006。⑶多くの模本のうち、本研究では埼玉県立歴史と民俗の博物館蔵の2種類の例、一関市博物館、横浜市歴史博物館の各1例、また個人蔵の上巻のみ1例の模本も参考資料として検証した。⑷以後、東京国立博物館蔵重文「後三年合戦絵巻」を“本絵巻”と記載する。⑸本研究色相関係の定義1.対比:マンセル・カラーシステム色相環の120度から180度の関係。黒や白の無彩色、他の有彩色との明度差が大きい関係。2.類似:マンセル・カラーシステム色相環の45度から90度にあたる関係。無彩色や他の有彩色との明度差が少ない関係。3.近似:マンセル・カラーシステム色相環の45度未満にあたる関係。無彩色、他の有彩色との明度差がない関係。マンセル・カラーシステムは、アメリカ合衆国の画家で美術教育者でもあるアルバート・マンセル(Albert H. Munsell)によって、色という概念を系統的に扱うために創り出された色相体系である。本研究における客観的な色相の指標となると考え、検証資料として用いた。

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