北3に描かれているのは三美神である。この図像についてはモデルとなる古代のコインが指摘されておらず、同時代のメダルやラファエッロの《三美神》(シャンティイ、コンデ美術館)などが参考作例として取り上げられていた(注6)。しかし表1に挙げたウァレリアヌス帝のコインのほか、セプティミウス・セウェルス帝など複数の皇帝下で鋳造されたものに三美神の図像が見出せる(注7)。コイン図像とは異なり腕を複雑に絡み合わせるコレッジョの表現は、画家の創意とも、他の作品を参照したものとも考えられるが、いずれにしても、三美神を表した古代コインの存在が、この図像の選択に関わっていた可能性が高い。北4の錫杖を手にする裸体の男性は、カルヴェージが指摘するように、ユピテル・スタトル(擁護神ユピテル)の図像に近い(注8)。多くの場合ユピテルは雷霆を手にしているが、コレッジョの描く男性は右手には何も持っていない。他にも類似した図像として「美徳」を表したコインが挙げられる。2)東壁〔表2〕東1のコルヌコピアを手にし、盃から液体を祭壇に注ぐ半裸の男性は、これまで指摘されてきたように、ゲニウスを表したコイン図像をそのまま使用したものである。ただしコレッジョの場合は、祭壇の側面に人の顔と花綱をくわえる動物文様が付け加えられている。東2のコルヌコピアを手にして座る女性も従来通り、アフリカを表したコイン図像に依拠していると考えてよい。頭部の蛇型の飾り、足下に置かれた麦の穂の入った籠、差し出された蠍など、細部に至るまで忠実に再現されている。― 405 ―に伸びた持物も共通しているが、「美徳」が手にしているのはパラゾニウムである。男女の違いは大きいが、武具をまとった人物で左足の姿勢まで共通しているのはこのコイン図像である。北壁には4つのルネットに加え、中央の暖炉上部にディアナが描かれている〔図3〕。先行研究では、コインとの比較はルネット図像に限られていたが、ここでも凱旋車に乗るディアナや月の女神ルナを表したコインが着想源のひとつとして指摘できる〔図4〕。生き生きとしたヴォリューム感に溢れるディアナに比べ、幾分不自然なほど画平面に平行するように描かれた凱旋車、およびそれを引く二頭の鹿の後ろ脚は、コインに見られる表現と共通している。なお、額につけた三日月の飾りは月の女神としてのディアナの性質を表すと同時に、ジョヴァンナの紋章の三日月に関連したものである。
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