東3は、コインに基づいていない図像として注目されてきた。その典拠はホメロスの『イリアス』第15歌に由来する「ユノの懲罰」である。とくにこの場面が選ばれた理由として「ユノの懲罰」が四大元素の空気を表すという哲学的思想の存在が指摘されている(注9)。東4の祭壇の前の女性は、手にした松明からウェスタと見なされることが多い。祭壇の前に立つ女性というモチーフは、東1の男性のものも合わせて非常に多くのパターンが存在し、手にするものもコルヌコピアや錫杖、蛇など多様なものがある。これまで典拠とされてきたコインも、細部ではルネットとの間に相違が見られるものであった。しかし、表2に挙げたアントニヌス・ピウス帝のコインでは、祭壇、盃、そして柄の長い松明までがしっかりと表されており、このタイプのコインがモデルとなったに違いない。このルネットの祭壇側面にも、東1同様、装飾が加えられており、花綱とブクラニウムらしきものが見て取れる。3)南壁〔表3〕南1の図像に一致するコインは見出せなかった。ただし、パノフスキーも挙げている「安全」を表すコインには、椅子に座り腕で頭を支える姿勢、先の尖った椅子の脚の描写など共通点が多い。コイン以外では、同様の姿勢で椅子に座り、前方に鎌を差し出すサトゥルヌスを表したカメオが見出せる〔図5〕(注10)。このルネットがサトゥルヌスを表しているとするならば、農耕神としての性質から鎌と麦の穂が取り替えられたのかもしれない。古代のコインにこうした図像が存在したのかどうか、さらに調査が必要である。南2のように神殿を表すコインにも多数のヴァリエーションがあるが、座る神像を南3は、東3のユノ同様、コインには存在しない図像である。糸巻きから命の長さを定める糸を引き出し、切ると言われる三人の運命の女神パルカたちは、古代の文学にたびたび登場するものの、通常は翼を持っていない。有翼のパルカたちの典拠は、『ホメロスの讃歌』の「ヘルメス讃歌」にあるとも言われている(注12)。南4の幼児を連れて前方に進む女性の姿に対し、パノフスキーはキタラを持つアポロンのコインを参照例として挙げるが、これはそれほど似ているとは思われない(注13)。幼児を抱く女性のモチーフや表に挙げた右側に進む側面観の女性のモチーフは存在するが(注14)、コレッジョがそれらを組み合わせたのか、まったくの創意で描いたのかは不明である。― 406 ―納めた神殿としては、リッチが挙げるユピテル神殿のコインがある(注11)。
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