鹿島美術研究 年報第27号別冊(2010)
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4)西壁〔表4〕西1の球体を差し出し、松明を持つ女性は、ディアナともウェヌスとも言われている。コインのなかでは、球体と錫杖を斜めに持つ「先見」の図像が最も近い。この図像も多くのヴァリエーションを生んでおり、細かい違いを持つコイン図像が多数見出せる。また似たような図像で、林檎を持つウェヌスが右手に抱く子供が短い松明に見えないこともないが、現段階では「先見」タイプの図像が典拠であると判断するのが妥当であろう。西2のパーンにもコイン図像のモデルを見出すことができない。また葦笛ではなく、法螺貝を吹いているパーンは珍しく、特定のテクストの影響が示唆されているものの、その意図はいまだはっきりとしていない(注15)。西3のスカートの裾を持ち上げながら鳩を差し出す女性の姿は、「希望」のタイプに最も近い。持ち上げた薄衣から透けて見える両脚などは、コイン図像そのままであるが、「希望」が手にしているのは花である。同じような姿勢でフェニックスを手にする「永遠」のコインも存在するが、いずれにしても手に何を持っているのかコインでは判別しにくく、そのため鳩と解釈された可能性も否定できない。南4は百合を下向きに持つ乙女だが、右手を衣服でくるむようなしぐさが特徴的である。この一見奇妙な仕草には、左手に枝を持ち、右手で服をたくし上げる「安全」のコインが典拠として挙げられよう(注16)。この乙女は百合というモチーフから貞淑や処女性を表すと解釈されてきたが、このイメージにもコイン図像の強い影響があったと言える。― 407 ―以上、ルネット部の16のイメージについて、可能な限り古代のコイン図像からの影響を探ってきた。その結果、従来コイン図像とは別の作例やテクストから説明されていたイメージ(ディアナ、三美神)についても、コインからの影響が見られる可能性を指摘した。また、コイン図像から部分的に持物などを変更している場合も多いが、その際用いられているモチーフも同じくコイン図像のレパートリー(松明や鳩など)を使用していることがわかった。一方、コインに依拠していないもの(ユノ、パルカ、パーン)については、同時代の視覚作例は今のところ見つかっていない。これらのイメージの典拠が純粋にテクストだとすれば、造形上のモデルとしては、もっぱらコインが使用されていたと言えよう。

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