鹿島美術研究 年報第27号別冊(2010)
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3.図像プログラムとパルマ人文主義それでは、これまで検討してきたルネット図像と古代のコインとの関係は、カーメラ装飾全体のプログラムとどのような関係にあったのだろうか。従来の研究者たちも、第一にルネット図像に着目して考察を進めてきたが、いまだ決定的な解釈にはいたっていない(注17)。― 408 ―当時の室内装飾の多くに人文主義者の関与があったことを鑑みれば、カーメラ装飾の場合にも、ジョヴァンナの人文主義サークルのメンバーが助言を与えた可能性は十分に考えられる。その第一候補としてたびたび挙げられてきたのが、上述したジョルジョ・アンセルミである。彼はラテン語やギリシア語を学び、自身ラテン語の詩を書いたほか、哲学や医学、政治にも関心を見せており、典型的なルネサンスの知識人であったと言える(注18)。カーメラ研究においてもしばしば触れられる彼の著作『エピグラム集』には、ホメロスやオウィディウス、ウェルギリウスの著作への言及や、古典に倣った讃歌がいくつか含まれており、彼が古典文学に造詣が深かったことが読み取れる(注19)。だが現段階で調査した限り、この著作には、プログラム上重要と思われるディアナや月の女神ルナへの讃歌もあるにせよ、その内容はホラティウスやカトゥルスの詩に見られるような一般的な神話知識をなぞったものに過ぎず、カーメラ解釈に直接つながるものではないと思われる。そうしたなか、近年の研究でペリーティは、当時古代のコイン図像がある種のヒエログリフとして捉えられていたことに着目した。彼女によれば、当時流行していたエピグラムやヒエログリフは、短い文章やひとつのイメージに凝縮・簡略化された複雑な意味を読み取る、知的な楽しみを提供していた。つまりコレッジョのルネット図像は、こうしたヒエログリフやエピグラムのような、解釈されるための謎であったのだという(注20)。ジョヴァンナの居室には、自らの尾を飲み込む蛇ウロボロスというホラポッロの『ヒエログリフ集』に含まれるイメージが装飾として使用されていたほか、随所に刻まれたラテン語の銘文には、古典文学からの引用が一種のエピグラムのように用いられており、彼女がこうした文学・イメージの双方に通じる「謎めかし」とその解釈の流行に親しんでいたとしても不思議ではないだろう(注21)。ペリーティの主張を踏まえつつ、広範囲にわたって実在した古代のコイン図像が使用されていたという本稿の調査結果から判断すると、図案化されない古代作品そのものが、読み解かれるべき対象であったのではないかと思われる。たとえばジョヴァンナ周辺でも読まれていた『ヒュプネロトマキア・ポリフィリ(ポリフィロの夢)』の主人公ポリフィロは、ヒエログリフだけでなく、様々な古代の彫像、レリーフ、建物、

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