鹿島美術研究 年報第27号別冊(2010)
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1.はじめに近年、伊藤若冲(1716〜1800)に関する興味深い史料が紹介された。『京都錦小路青物市場記録』(京都大学文学部)がそれである。この史料については、宇佐美英機氏により市場史の立場からその詳しい紹介と位置付けがなされていたが(注1)、これが若冲に関する新しい史料として美術史界に紹介されるには、奥平俊六氏による論考を俟たねばならなかった(注2)。奥平氏はこの興味深い史料について論じた宇佐美論文を紹介するとともに、家業に対する若冲の強い思いを示す重要な史料と評価し、さらなる調査の必要性を述べている。そこで、この史料に改めて目を通し、そこから若冲に関する記事・事項の抽出を試みることが肝要と考え、調査に着手した。その後、2009年に開催された「若冲ワンダーランド」展において本史料が出品され、また展覧会図録において従来の若冲イメージを塗り替えるものとして大きく取り上げられた(注3)ので、筆者がここで新たに報告できることはごく些細な事柄に過ぎない。また、史料の読解についても手に余るものがあるが、ともかくも現段階で得られた情報をここに報告することによって、今回与えられた責務を果たしたい。2.『京都錦小路青物市場記録』にみえる記事・事項についてまず、本史料の概略について確認しておく。『京都錦小路青物市場記録』は9冊からなる一群の史料である。各史料の形状や内容は一様ではないが、錦高倉市場に関する記録類として一応のまとまりを持っており、現在は一つの秩に収められている。所蔵先の表記に従いそれぞれの史料名を以下に列記する(順不同)。― 437 ―㊵ 伊藤若冲に関する史料について研 究 者:静岡県立美術館 学芸員  福 士 雄 也①明和八年 日次②明和九年 日次③青物市場用留、御公用并入札掛且店方且諸控留④錦小路高倉市場四町名印鑑⑤冥加銀勘定⑥市場掛り之控⑦日並帳壱番⑧青物市場商人顔付寫⑨錦小路高倉市場商人名寄帳 市場一件之寫

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