― 449 ―㊶ イタリア・ルネサンス時代の絵画技法に関する研究―セバスティアーノ・デル・ピオンボの石板画を中心に―研 究 者:国立新美術館 研究補佐員 小 林 明 子はじめにルネサンス時代のイタリアでは、自然主義を追求した高度な絵画表現が生み出されるとともに、それを実現すべく従来の絵画技法に改良が重ねられ、ときに実験的な試みがなされた。16世紀のヴェネツィア、ローマで活動した画家セバスティアーノ・デル・ピオンボ(1485−1547)もまた、新たな絵画技法の探求に熱心に取り組んだ芸術家の一人であり、壁画とタブロー画のいずれの制作においても独自の技法を実践した。とりわけ興味深いのは、セバスティアーノがタブロー画の制作において、カンヴァスや板とともに、石(石板/スレート)を支持体とする油彩画を制作したことである。当時、油彩画の支持体は軽量で扱いやすいカンヴァスが主流であったので、こうした作例はきわめて珍しいといえる。彼はなぜ石の絵画を制作したのであろうか。先行研究においては、ハーストが1981年のモノグラフのなかで石の絵画の制作時期とその特性に言及している(注1)。また、セバスティアーノの石の絵画を個別的に論じた唯一の研究であるヘスラーの論考は、《バッチョ・ヴァローリの肖像》をめぐって、絵画と彫刻のパラゴーネという文脈のなかで支持体としての石が担う意味を考察している(注2)。しかしながらこれまでの研究においては、セバスティアーノの石の絵画を包括的に捉え、その特性や制作の動機を明らかにする試みはなされていない。また、石の絵画一般に関する研究として、セバスティアーノの事例を含む16世紀から17世紀にかけての石の絵画の歴史を概観したキアリーニによる論考が提示されているが、議論が概略的であり、また後続する研究も提示されていないため、この分野に関する研究自体が不足しているというのが現状である(注3)。そこで本研究は、セバスティアーノの石の絵画全体を対象とし、各作品の情報を整理した上で、画家の創作活動における石の絵画の位置づけを明確にする。次に、当時の絵画技法書を手掛かりに、石を支持体とする油彩画の特性を浮き彫りにすることによって、制作上の観点から彼が石を用いた動機を探る。さらに、セバスティアーノをめぐる当時の文化的、社会的状況との関連から、彼が石の絵画を制作した動機を考察することを試みる。以上のことから、セバスティアーノの創作活動の新たな一面を明らかにするとともに、ルネサンス時代のローマにおいて研究、実践された知られざる絵画技法に光を当てる。
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