3.石の物理的特性とその効果3−1.固有色の下地としての活用石を支持体とする油彩画は、現存する実例は少ないものの、伝統的に制作されてきたもので、チェンニーニやヴァザーリの絵画技法論においてもその技法に関する解説が見出される。セバスティアーノと同時代の画家、著述家であるヴァザーリの絵画技法論を参照するならば、その第24章において、石に油彩で描く方法とそれに適した石の種類が述べられている。それによると、まず石の絵画にもっとも適した石材は「ジェノヴァの海岸で見つけられる板状の石」とある(注19)。これはジェノヴァ近郊のラヴァーニャという場所で産出される灰色の変成岩、すなわち石板(スレート)のことで、セバスティアーノが用いた支持体の素材もこの種類に属するものである。石板― 452 ―バスティアーノは、彼以前の画家たちが成し遂げることのできなかった壁に油彩で描く技法を完成させた(注16)。彼がこの技法の第一人者としての自負心を抱いていたことは、セバスティアーノが1520年にミケランジェロに宛てて書いた2通の書簡からもうかがうことができる。これらの書簡においてセバスティアーノは、その年に没したラファエッロの弟子たちが、師の仕事を引き継いで制作していたヴァチカンの「コンスタンティヌスの間」の壁画装飾に触れ、彼らがこれを油彩で描こうとしていることを挑発的な行為として批判するとともに、ボルゲリーニ礼拝堂における自身の成功を報告し、また彼こそがラファエッロの後任にふさわしいことを主張している(注17)。その後、自身が発明した技法に確信を得たセバスティアーノは、ミケランジェロがシスティーナ礼拝堂の《最後の審判》を委嘱された際、壁画を油彩で描くよう彼を説得し、そのための下地を独断で壁体に準備した(注18)。よく知られているように、彼の提案はすぐさま却下され、最終的に油彩画法が採用されることはなかったが、この出来事からも、セバスティアーノが壁画を油彩で描くことに対する関心を後年まで持続していたことがわかる。以上の経緯を考慮に入れるならば、石の絵画の制作は、セバスティアーノが壁面において積み重ねた油彩画法の実験的な試みの延長に位置付けることができるだろう。新しい技法に対するこだわりと経験が、彼を油彩による石板画の制作に向かわせたことは確かであるが、しかしながら、独立したタブロー画の支持体になぜ石を選んだのかという疑問は依然として残る。そこで次章において、同時代の絵画技法書を参照しながら石の物理的な特性を明らかにすることにより、その選択の動機を考察することを試みる。
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