― 453 ―は比較的薄く板状に割れる性質があり、黒や灰色の暗色であることを特徴とする。これに続いてヴァザーリは、地塗りを準備する工程について説明している。以下、引用するならば、「石はそれ自体が密で、粒子が細かく柔らかいために平らに磨くことができるので、[中略]そうしたすべての石には最初に膠を塗る必要がなく、ただ油彩の顔料によるインプリミトゥーラ[地塗りの一種]、すなわち混合塗料(メスティカ)をひと塗りすればよい」とある(注20)。ここで比較のために、同じくヴァザーリの絵画技法論、第21章における板やカンヴァスに描く技法に関する説明を参照するならば、板絵やカンヴァス画を描く場合、石に描くときよりも地塗りのプロセスが複雑であることが明らかとなる。というのも板あるいはカンヴァスを支持体とする場合、まずは膠を施す前に石膏を塗り、削って滑らかにする。次に薄い膠を4、5層塗り、それが乾いた後に地塗り、つまり鉛白と黄色系の顔料を混ぜ合わせた塗料を塗り、均等にする必要がある(注21)。すなわち石に描く場合には、石膏や顔料の混合物、あるいは膠を施す必要がなく、インプリミトゥーラのみで地塗りを完成させることができるという点が、板やカンヴァスに描く場合との大きな違いであることがわかる。描画層の直下に施されるインプリミトゥーラは、意図する発色の度合いに応じて、透明度や明暗の色調を多様に調整することができる(注22)。したがってインプリミトゥーラ自体に色を付け、それを下地として活かすことも可能であるが、その場合、上に重ねた顔料が後に変色することを避ける工夫が必要となる。一方で、透明か半透明のインプリミトゥーラを準備すれば、支持体の固有色を有色下地として活かすことが可能となる。それゆえ石は、その固有色が作風に合いさえすれば、下地の色を重視する画家にとって有益な支持体であったと考えられる。ルネサンスからバロック時代にかけての油彩画においては、赤褐色や灰色の暗いインプリミトゥーラがしばしば用いられた(注23)。当時の画家たちは明部を浮き出させて表現するために、明るく、力強い色彩を使用したため、それを際立たせるための黒い地塗りを好んだのである。とりわけセバスティアーノの作品は、先に挙げた一連の石板画からも明らかように、背景を黒く塗りつぶし、前景の人物とのコントラストを強調した明暗表現を特徴とする。そこで黒や灰色の石板は、それ自体が暗色の下地となり、微妙な階調と深い陰影表現に有効にはたらきかけ、また同時に、画面全体の色調に統一感を付与する役割を果たしたのである。以上のことから、セバスティアーノが石の支持体を採用した動機のひとつは、石の固有色を有色下地として活かし、明暗表現を効果的に描き出すことにあったと考えられる。
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