鹿島美術研究 年報第27号別冊(2010)
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― 38 ―している。金地が金箔か金泥かの調査は、第1次調査で、金箔の重なりがみられない理由から、箔足でないという可能性が示唆された。箔足は、金箔を敷き詰める際に2枚の箔が重ねた部分であるから、箔足が金箔であれば、金の厚みは2倍になる。これを検証するために、箔足の部分とそうでない部分の金の量を比較することにした。ただし、金箔の厚みは完全に均一でないから、箔足の部分を跨って金の量の変化を測定する必要がある。そのために白梅図の箔足を中心に上4ミリから下5ミリの間の1ミリずつの各点を線分析した〔図6〕。〔図7〕は、箔足を蛍光X線で線分析したスペクトルである。Au−Lα線の強度をみると、箔足中央にあたる計測箇所0ミリ地点を中心に、箔足に対応した部分の金Auの厚さが2〜3倍である。紅梅図においても箔足の線分析の結果も、金Auが2倍近くの厚さで存在しているので、金箔の重なりを示唆する。流水部は、白梅図の銀色3点・茶色2点・黒色4点について、蛍光X線分析を実施した。その結果、金Auの検出はなく、3箇所の流水部の全てに僅かながら銀Agを検出した。つまり流水部全体に銀が存在している。さらに黒色箇所は、茶色箇所よりも銀Agの蛍光X線強度が大きい。硫黄S〔図8(c)〕の線分析の結果は、銀Ag〔図8(a)〕の量の変化と対応しているため、銀と硫黄の間に相関関係がある。この結果は、銀Agと硫黄Sが別々に存在しているのではなく、銀Agが硫黄Sに反応して硫化したものと考えられる。銀は硫化して黒色となるが、空気中の硫化水素と反応して黒ずむ場合と、人為的の黒銀色を生み出す場合があり、銀箔地硫黄酸化・燻蒸説も見直すべき余地が生まれた。③粉末X線回折分析ポータブル粉末X線回折計(X-tec PT-APXRD)は、㈱X線技術研究所と東京理科大学とで共同開発した装置である。金は、水晶と同じような結晶構造を持ち、原子が規則的に並んでいる。その原子配列は、立方体の8つの隅と面の中心に原子がある面心立方格子構造で、この結晶格子が3次元方向に連なり結晶が構成されている。金を叩いて加工(延伸)すると、金原子の配列に並び替えが生じて、格子構造が秩序的に再配列される。特定の結晶面が発達するように、原子が配列されることを配向(選択配向)という。延伸した金は、(100)面という立方体の面が出るように原子が配列される。粉末X線回折は、試料にX線を当てて回折されるX線を検出する分析法である。金箔のような一方向に選択配向された結晶面では、X線回折のグラフは200面にピークが強く現れる。結晶が無秩序に凝集している金粉は、111面のピークが強く現れ、200

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