― 477 ―強調して描く十六幅と繊細な描線で描く「浴室」「仏堂」の二幅では画風が大きく異なる。大徳寺本五百羅漢図には絵の発願者である僧や浄財を喜捨した寧波周辺の士大夫、絵を制作した画家の肖像が描き込まれている。同様に円覚寺本の画中にも明らかに羅漢以外に実在の人物とみられる像が描きこまれている。しかし、ここで重要な問題となるのは、円覚寺本に描かれている人物像が、先行する作例あるいは粉本類を写すことによって引き継がれたものなのか、円覚寺本を制作するにあたり、何らかの事情によりあらためて追加されたものであるのかという点である。そこで、本研究においては大徳寺伝来本と円覚寺本との図様の対照を行い、特に画中の人物像について抽出することを試みた。同じ図様でありながら大徳寺伝来本に描かれず円覚寺本にのみ描かれている人物像については、円覚寺本の制作背景についての手がかりとなる可能性が高いからである。ただし、円覚寺本が大徳寺伝来本と直接の参照関係にあると断定しているのではなく、図様の共有を成り立たせるような類例作、あるいは粉本類が存在する可能性についても想定しておきたい。大徳寺伝来本、円覚寺本を対照すると〔表〕のようになる。本稿において二種の五百羅漢図の図版を全幅掲載することは不可能であるため、カラーの図版が一覧でき、かつ比較的入手が容易である展覧会図録の図版を参照することとしたい。大徳寺伝来本は『聖地寧波 日本仏教1300年の源流─すべてはここからやって来た─』(奈良国立博物館、2009年)展覧会図録、pp. 228〜232掲載の一覧表の番号に対応し、円覚寺本は『宋元仏画』(神奈川県立歴史博物館、2007年)展覧会図録、pp. 108〜120掲載の整理番号を使用した。また、主題についてはその多くを『聖地寧波』展図録によった。円覚寺本では大徳寺本の半数の幅に描くため、大徳寺伝来本と同様の図様に倍数である十尊の羅漢を描く構成が多い。そのため、大徳寺伝来本にみられるような羅漢同士の会話が聞こえてくるような交歓の表現は減退し、画面における空間にも歪みや、窮屈さを感じさせる。円覚寺本No.3幅「水官の来訪」〔図2〕を例にみてみたい。図様は大徳寺伝来本のNo. 19に対応する。画面の上部には黒雲の中に雷神などを従えた水官が出現、羅漢を礼拝する様が描かれている。画面の手前では虚空の来訪者を眺める羅漢が描かれている。円覚寺本に描かれる十尊の羅漢のうち大徳寺伝来本にも姿形が共通するのは五尊のみである。円覚寺本ではもう五尊の羅漢を描いているが、それにより水官と羅漢との対話を表現する説話性はやや薄らいでしまっている。次に、大徳寺伝来本の図様を二種組み合わせて一幅を構成している事例をあげた
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