― 39 ―面はその半分のピークを示し、220面、311面にもピークが現れ、金箔と異なったパターンを示す。したがって、X線回折によって金の配向を調べれば、金箔と金泥の判別は可能である。X線回折では、鹿下絵、金泥、金箔、「紫紙金字光明最勝王経」(福島久幸氏の復元)から金泥書と猪の牙で磨いた瑩生の2種類、そして紅白梅図を計測し、その結果を〔図9〕のグラフに図示した。〔図9〕では、紅白梅図の金地の測定結果⑤⑥⑦はいずれも選択配向がみられ、200面に強いピークが現れ、市販の金箔②と類似性がみられる。金泥画の鹿下絵⑧⑨、金泥書の③④は、200面以外の回折線が明瞭に検出された。金泥は、粉末化した金箔であるから、粉末化の程度によって配向の「乱れ」の程度も異なる。つまり粉末化が不十分であれば、それは小片の金箔で、回折のパターンから金箔との区別は難しくなる。しかし、箔状が残らないくらい粉末化すれば、金粉と①と差異はない。紅白梅図⑤⑥⑦と鹿下絵⑧⑨では、明らかに回折パターンが区別できるから、前者は金箔、後者は金泥と考えられる。次に回折線の強度から配向度を計算すると、(100)の結晶面がすべて同じ方向を向いている状態を配向度100%とし、金粉①の状態は配向度0%とする。市販の金箔②は配向度89%という結果であった。それに対して金泥書③は25%、瑩生④は46%で、金泥を磨った瑩生の効果が現れている。鹿下絵⑧⑨は、市販の金泥と同程度の30%の配向率である。白梅図⑤⑥⑦は70%で、市販の金箔に類似性がみられる。これは、金箔は紙の繊維上に置かれているため、一部に捩れや隆起が起こっていること、さらに経年劣化を考慮すれば金箔と判断すべき数値である。紅梅図においても金地部分の配向度は70.9%であり、白梅図と同様の金箔に近い配向性がみられる。したがって、デジタル顕微鏡観察、蛍光X線分析、粉末X線回折の結果は金箔であることを示している。流水部は、白梅図、紅梅図共に銀Agの存在が蛍光X線分析で確認されたが、さらに銀色箇所のX線回折では、銀が金属の状態で存在していることが判明した。銀は金と性質が極めて近く、銀箔も金箔と同様の(100)面方向の配向性を示す。しかしながら、〔図10〕、〔図11〕では(100)面方向の配向はみられない。銀は化学変化を生じやすく、酸化や硫化を受けやすく、金属結晶の配向は崩れてしまうため、銀箔の可能性は否定できない。流水の銀色箇所には金属銀が存在していることは、屏風の本来の姿を考察する上で重要な情報である。黒色箇所では、結晶性物質(金属銀あるいは硫化銀など)がたとえあったとしても、現在の粉末X線回折装置の感度では検出できない
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