3.救世主像の分析次に、もう一つの神戸市博本の特色である、救世主像について考察していこう。10点の初期作の中で救世主像を描くのは、神戸市博本と宮内庁三の丸尚蔵館本だけとなる。そもそも救世主像をはじめとするキリスト教の聖像が確認できるのは現在確認されている南蛮屏風91点中わずか9作品であり、どれもこの神戸市博本か宮内庁三の丸尚蔵館本に連なる作品である。聖像が安置される教会堂は、南蛮船と対となって、大多数の南蛮屏風に描かれるモチーフであるが、その内部を描くものは少なく、さらに掲げられた聖像をはっきりと描く作例となると図版から確認されるのはこの9作品となる。3−1.神戸市博本の救世主像の図様神戸市博本にみえる、左手を十字架のついた球体に添え、右人差し指と中指二本で祝福の身振りをしめす救世主像は、16世紀末から17世紀初めに日本で流通したキリスト教図像を参照していると考えられる。― 518 ―日本で回収するべきもの、すなわち没収された積荷と、殉教者を暗示しているのではないだろうか。そうだとすると、左右の隻は、サン・フェリペ号事件という原因を右に、そして象の来日という結果を左に描くこととなり、屏風の定型どおり右から左へと展開する時系列を示すこととなる。さらにこれらのモチーフは、船によってもたらされる文物、すなわち珍奇な動物とキリスト教を、秀吉がかつて掌握したという歴史的事件を象徴するものともなっている。また神戸市博本については、南蛮寺内で礼拝される像〔図4〕だけではなく、奇妙なドーム型の祠に安置される像〔図5〕、さらに両隻の黒船の旗に2点〔図6,7〕、秀吉と秀頼親子を彷彿とさせる人物が立つ戸口の鴨居に1点〔図8〕、さらに南蛮寺の鴟尾にも1点描かれている。6箇所に救世主像が描きこまれる南蛮屏風は、管見のかぎりでは他にはなく、内膳の落款をもつもののなかでも、他の三作品は聖母子像を安置したり、また船旗には天使を多用することなどから、この神戸市博本に顕著な特徴といえる。内膳が知りえたのは、舶載銅版画、油彩画、またそれをもとに日本で作られた銅版画および油彩画となる。このうち救世主像は以下の5点の現存が確認されている。まず、日本で制作されたいわゆるキリシタン版のうち、現在伝わる救世主像は以下の4点である(注17)。
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