― 571 ―品輸送を予定していた航空便がキャンセルとなったため作品到着が遅延し、一日遅れて翌24日からの開幕となった。しかしフォーラムの開催に当たっては幸いなことに影響は出なかった。しかし、それ以前の助成申請後にパネリストの1人がスケジュールの都合からフォーラム当日に離崎を余儀なくされることが判明し、それに合わせ、助成申請時に想定していた終了時間を繰り上げて開催した。フォーラム当日は、日本とスペインより5名が発表・報告し、120名の聴衆によって会場は満席となった。地元長崎の美術ファン、学生のみならず、関東や中部圈より足を運んだ熱心なファンや研究者も聴講していた。ギリシアのイコン画家として出発したエル・グレコは、イタリアを経てスペインでカトリックのヴィジョンを具現する画家として大成するという、美術史上稀に見る変貌を遂げた人物である。また研究史の側面でも、我々のエル・グレコ像は、神秘の画家から偉大なる哲人へと大きく旋回を遂げた。今回のフォーラムは、400年の月日を経てなお深まるエル・グレコ芸術の多面性を、過去と現在の文脈に照らし合わせつつ、スペインと日本の研究者の異なる視線を交わらせることによって、重層的にあぶりだすことを目的とした。登壇者は、プラド美術館学芸員・スペイン絵画部長レティシア・ルイス・ゴメス氏、早稲田大学文学学術院教授・大高保二郎氏、東京藝術大学美術学部・越川倫明氏、そして長崎県美術館より野中明と川瀬佑介である。フォーラムは二部構成をとり、第一部はルイス・ゴメス氏の基調講演を中心に構成し、第二部は「トーク・セッション『エル・グレコ:変貌の過去と現在』と題して日本人3研究者による発表を行った。第一部は当館館長・米田耕司の挨拶で幕を開け、続いて当館学芸員・野中明が「長崎県美術館とプラド美術館の交流事業とエル・グレコ《聖母戴冠》」と題して、今回の作品借用に至るまでのプラド美術館との交流事業の経緯を報告した。当館はスペイン公使を努めた須磨彌吉郎が蒐集したスペイン美術のコレクションを有し、その縁で開館前からプラド美術館と交流の覚書を結んでいる。野中は、これまでの交流事業の報告に加え、長崎が今なおとりわけマリア信仰に篤い土地であり、エル・グレコは長崎にキリスト教がもたらされた時代にスペインで活躍した画家であることなどから、《聖母戴冠》が借用作品として選ばれた背景などを説明した。ルイス・ゴメス氏による基調講演は、「エル・グレコの絵画における聖母マリア像」と題してスペイン語で行われ、東京外国語大学大学院講師・久米順子氏が通訳した。その内容はプラド美術館の所蔵する聖母マリア主題の作品を通じて、クレタ島時代からトレドでの最晩年に至るまでの画家の変貌の過程を浮き彫りにするものであった。
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