鹿島美術研究 年報第27号別冊(2010)
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― 572 ―氏は、エル・グレコのイタリア時代の聖母主題作品については、パルミジャニーノやティッツィアーノの女性モデル像との密接な造形的な関連が色濃く見られる点を指摘する一方、スペイン時代の小型の単独像については、とりわけカスティーリャ的であると評価される、その親密で個性的な聖母のイメージへと変貌していった過程を、詳細に論じた。また、とりわけ、ドニャ・マリア・デ・アラゴン学院聖堂祭壇画に見られる2通りのマリア像についても、その図像的な意味から違いを明らかにした。第二部のトーク・セッションは、まず大高氏による「遍歴の画家エル・グレコ像の変転―過去から現在、そして未来へ」で幕を開けた。氏は20世紀におけるエル・グレコ研究の展開と画家像の変転を1:活躍、成功の舞台スペイン、2:出自、修業の場ギリシア、3:研鑽の場イタリア、という3つの視点から捉え、それぞれの国の史的文脈でエル・グレコ像が作られていった過程を解き明かした。次に越川氏が「エル・グレコ像が作られていった過程」を解き明かした。次いで越川氏が「エル・グレコの初期作品―最近の研究事情」と題して演壇に立った。氏は2004年にロンドンの市場に現れた《キリスト洗礼》図を取り上げ、詳細な様式分析からその作品がエル・グレコの真筆でいわゆる「モデナ祭壇画」直後の作であることを、説得力を持って示し、西欧のルネサンス絵画様式を急速に吸収していったヴェネツィア時代のエル・グレコ絵画の発展過程を明らかにした。そして川瀬の発表は、「見果てぬ夢―須磨彌吉郎とエル・グレコ観」を、彼のスペイン美術及び文化論の骨組みの中でどのような位置を占めていたのかを分析するものであった。具体的には須磨の著書『スペイン藝術精神史』におけるエル・グレコ論を読み解き、彼がこの画家をいわゆる「エスパーニャ・ネグラ」の伝統の創始者と理解していたこと、そして、その精神的伝統に属する作品を、作者を問わず数多く所有していたことを明らかにした。これらの発表の後には、若干時間が押して短くなったものの、大高氏を司会に、ルイス・ゴメス氏を交えた4者によるディスカッションが行われ、聴衆からの質問も含め活発な議論が展開された。また、フォーラム翌日の25日にはエクスカーションとして、大原美術館(岡山県倉敷市)所蔵のエル・グレコ《受胎告知》の実見調査のため、長崎から倉敷を訪れた。参加者はレティシア・ルイス・ゴメス氏、越川倫明氏、久米順子氏、長崎県美術館から野中の代理として学芸員・森園敦、そして川瀬佑介である。大原美術館では理事長大原謙一郎氏、館長高階秀爾氏、学芸員孝岡睦子氏、サラ・デュルト氏よりご案内頂いた。倉敷の《受胎告知》はオールド・マスター絵画の優品として日本にももたらされた最初の作品であるだけでなく、スペイン国外に蔵される、それ程数多くないエル・

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