鹿島美術研究 年報第27号別冊(2010)
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― 580 ―このシンポジウムでは、東アジアの内/外の視点から、文化的歴史的に形成されてきた環境観の解明を目指し、東アジアの研究者が、相互の研究発表と議論を重ねて学問的対話を深めることができた。現代、問われている環境、自然環境や都市環境などに関する文化的見方は、藝術や美意識の形でどのように形成されてきたのであろうか。今日、環境は総合科学の対象である。環境倫理や社会科学系の環境思想も西欧の影響を受けているが、自然や環境を主題として過去30年、顕著に勃興してきた環境美学は、藝術を中心に研究してきた西欧近代美学の補完という意味合いが強い。しかし、西欧の美学に触発され、環境美学を輸入するまでもなく、東アジアでは、元来、自然を中核とする環境を精神的な対象として享受し、これを藝術に表現してきた。この点、山東師範大学の周均平は中国の古代思想に即して、「中国古代の自然審美観とその現代的意義」と題する発表で、自然尊重の文化伝統が環境を宗教的倫理的に、また美的に把握する感受性の基盤にもなってきたことを示した。このような文化的伝統ないし感受性は、自然環境と藝術表現との交互作用の中で歴史的に形成され継承され、今日に至ったものである。そこには後述する曽や齋藤の指摘するように自然と人間の根本的関係に関わる世界観が関与している。シンポジウムでは、環境・自然と藝術の関係を、思想との関連で問うだけでなく具体的な藝術現象や日常的感性に即して考察することを重視した。検討の中心の一つに美術を設定し、上述の環境と藝術の関係を東アジアの内部(日本、韓国、中国)や外部(主として西欧)を意識し、東アジアの山水観や山水画、また西欧の風景画等を一つの比較・対照の軸に据えて共同研究を進めた。そのことによって、西欧美学の前提とする風景画や環境美学の研究の枠組みないしパラダイムに対する、安易な言い方になるが、東アジア的な思想や藝術の伝統から、新たな脱構築ないし多元文化的な研究枠組みを提示することができた。いずれの研究発表も以上の趣旨を体現しているが、幾つかに限定して言及する。中国に於ける「生態美学」の指導的学者の一人でもあり、今回のパネリストの一人でもある山東大学の曾繁仁教授の報告に簡単に触れよう。彼は、我々はポスト工業時代に生きており、そこでは所謂環境問題が人類の生存や文化文明の維持ないし危機の問題に連なることを指摘し、その調和を齎す生態存在論的美学の創出が必要だと述べる。東西の古典的思想は農耕文明を基礎とし、人間と自然の関係を重視し、とりわけ人

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