鹿島美術研究 年報第27号別冊(2010)
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3.バッティステッロによるカラヴァッジョ作品のモチーフの借用以上、スコルツィアータ作品の制作以前にバッティステッロがカラヴァッジョの《洗礼者聖ヨハネ》を見ることは可能で、さらにその時期はフィランジェーリ作品の制作以後に限定される。そして、スコルツィアータ作品に見られる羊の図像もまた、この作品を制作する際にバッティステッロがカラヴァッジョの《洗礼者聖ヨハネ》を着想源として用いたことを示唆している。これらの点を考え合わせれば、スコルツィアータ作品の棒状の杖がカラヴァッジョの絵から借用されたものである可能性は極めて高い、と結論づけられるだろう(注25)。― 82 ―(注24)。さて、それでは、この結論は、バッティステッロとカラヴァッジョの図像上の関連をめぐる研究史において、どのような位置づけを与えられるのか。M・ストートンが具体的に指摘したように、バッティステッロはカラヴァッジョ作品のモチーフをしばしば自作に取り入れていた。手短に紹介すると、ナポリのサンタ・マリア・デッラ・ステッラ聖堂主祭壇に設置される《無原罪懐胎》〔図6〕や、カタンツァーロ州立美術館の《栄光の聖母》〔図7〕、ナポリのピエタ・デイ・トゥルキーニ聖堂サン・ジュゼッペ礼拝堂を飾る《聖家族》〔図8〕といったバッティステッロ作品には、天使たちと渦巻き状の布に取り巻かれて1人の人物が飛翔するという構成が見られる。ストートンによると、この構成はカラヴァッジョが第一ナポリ滞在期に描いた、ナポリ、ピオ・モンテ・デッラ・ミゼリコルディア聖堂主祭壇の《慈悲の七つの行ない》〔図9〕の画面左上から借用されたという(注26)。また、やはりピオ・モンテ・デッラ・ミゼリコルディア聖堂にあるバッティステッロ作《聖ペテロの解放》〔図10〕の画面右下で、観者に背を向けて地面に座る半裸の男は、同じカラヴァッジョ作品の画面左下に登場する物乞いから着想を得たものである可能性が非常に高い(注27)。そして、サン・マルティーノ国立美術館に収蔵されるバッティステッロの《聖母子》〔図11〕に表された、足を交差させて直立する幼児キリストは、カラヴァッジョが第一ナポリ滞在期に制作したウィーン美術史美術館の《ロザリオの聖母》〔図12〕におけるキリストが手本であったとされる(注28)。加えて、トリノ大学学長室を飾るバッティステッロ作《十字架の道行き》〔図13〕の画面左下の少年が穿く、後ろに切れ目の入ったズボンは、《ロザリオの聖母》の画面左下でひざまずく少年のそれに基づく、とストートンは考える(注29)。スコルツィアータ作品における棒状の杖の引用は、以上のようなモチーフ借用の新

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