鹿島美術研究 年報第27号別冊(2010)
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4.借用の特色ところで、今述べたいくつかのモチーフ借用には、その手法の面でいかなる特徴が見られるのだろうか。バッティステッロとカラヴァッジョの影響関係をめぐる先行研究の中で、この点はいまだに論じられていない。しかし、周知のごとく、モチーフの借用法というものは、ある画家がどのようにして自らの芸術を形成していったのかという本質的な問題と深く関わる。そこで最後に、上記のモチーフ借用が持つ手法上の特色について、若干ではあるが言及しておきたい。上記の例を見る限り、おそらくそのもっとも顕著な特徴として看取できるのは、バッティステッロが常にカラヴァッジョ作品のモチーフを、直接的にではなく、いわば創造的に模倣しているという点であろう。― 83 ―たな1例として位置づけられる。例えば、前述のように、《無原罪懐胎》〔図6〕や《栄光の聖母》〔図7〕、《聖家族》〔図8〕では、天使たちと渦巻き状の布とともに人物が1人飛翔するという構成がカラヴァッジョの《慈悲の七つの行ない》〔図9〕から借用されているが、その構成を築き上げている個々の人物や天使のポーズ、ならびに布の表現等はバッティステッロの創意によって新たに生み出されたものである。これと同様のことは、《聖ペテロの解放》〔図10〕に登場する半裸の男についてもいえる。すなわち、この男を、《慈悲の七つの行ない》に見られる物乞いの図像を参考にして描く際、バッティステッロはその図像を直接写すことなく左右反転させた上で、手足のポーズにも様々な変更を加えた。そして、この、図像の左右反転と手足のポーズの変更という手続きは、カラヴァッジョの《ロザリオの聖母》〔図12〕に表された幼児キリストを参照しつつ、バッティステッロが《聖母子》〔図11〕にキリストを描いたときにも採用されている。これに対し、《十字架の道行き》〔図13〕における少年のズボンは、一見すると、《ロザリオの聖母》のそれからそのまま転用されたように見えるかもしれない。だが、管見によると、ここでもバッティステッロは、ひざまずく少年が穿いていたズボンを立つ人物に適用することにより、直接的な模倣を避けたように思われる。そして、これと似た方向性を示すのがスコルツィアータ作品〔図2〕の杖で、この場合には、棒状の杖というモチーフそれ自体はカラヴァッジョの《洗礼者聖ヨハネ》〔図5〕から引用されたものの、画面における杖の向きは大きく変えられ、聖人によるその杖の持ち方も新たに考案された。加えて、もしスコルツィアータ作品の羊も同じカラヴァッジョ作品から引き出されたとするならば、ここでも画家は、角の生えた羊というモチーフそ

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